第25話・婚約の真相


「実はそこにいるバリアン男爵令嬢も、この奇病にかかっております。現在治療中の私の患者なのです。このケースは稀でして、この奇病にかかった患者はオロール公爵令嬢に続き、彼女で2人目となります」


 ナーリックの説明で、殿下は察したようだ。


「ベラは病のせいで、そのような見た目をしていると?」

「お疑いなら診断記録をお見せしましょうか?」

「いや、いい。では11年前、僕が出会ったのはアンジェだったのだな?」


 殿下はアンジェリーヌに目を向け、彼女が頷くのを見て気まずそうに目を反らした。ようやく聞き耳を持ってくれたらしい。アンジェリーヌが語り出した。


「当時、わたくしは6歳でした。皆がわたくしの外見が突然変化したことで何かの病気を疑い、または毒でも盛られたのでは無いかと心配しました。その為、原因が分かるまではと、部屋に押し込められて退屈していたのです。あの日は侍女達の目を盗み従弟のバーノを連れて、屋敷から抜け出しました。そこであなたさまにお会いしました」


 淡々と話すアンジェリーヌを前に、殿下の顔色がどんどん悪くなっていく。


「あの日は楽しかったですわね? 殿下とはすぐに仲良くなって色々と屋台を見て回ったり、アイスクリームを食べたりもしましたね。最後には巻いたはずの護衛達に見つかって走り出したら、砂利道で派手に転んでしまい、殿下とはそれきりになっておりましたが、わたくしにとっては楽しい思い出でした」

「……済まなかった。アンジェ」


 殿下は絞り出すような声で謝罪した。ようやく彼は思い出の少女がアンジェリーヌだったと認めたようだ。


「わたくしはずっと思い込んでおりました。殿下はその怪我をさせた贖罪の為にわたくしと婚約を結んだのだと。でも、違ったようですね。あなたさまはわたくしがその時の少女だったと気がついてもおられなかった」

「本当に申し訳ない。勘違いしていた」

「勘違いを正すためにもお伝えしますが、あの日、お祖父さまは、以前からわたくしに持ちかけられていた殿下との婚約話をお断りに王宮に向かったのです。孫娘に怪我を負わせるような相手とは娶せられないと」

「僕との婚約を、きみが望んだのではなかったのか?」

「どこまであなたさまは、わたくしのことを愚弄されるのですか? わたくしたちの婚約は王命です。陛下から息子に償わせるからと、押し切られたそうです。反対していたお祖父さまでしたが、陛下から最後に王命まで持ち出されて従うしかなかったと聞きました」


 真実を明かされて、アヴェリーノ殿下はどんどん顔色が悪くなっていく。アンジェリーヌは、失望したように告げた。


「わたくしは例え王命であっても、あなたさまと婚約が整って嬉しかった。でも、あなたはそうではなかったのですね」

「それは……、きみが王都で出会った少女だとは知らなかったから……」


 真相を知った殿下は、病的なほど青ざめてきた。ジネベラは同情する気にはなれなかった。

殿下は何も分かっていなかった。アンジェリーヌを一方的に非難し、自分の気を惹くために11年前に出会った少女の真似をしてみせるのか? 最低だとまで言い放ったのだ。

 異性に好かれて当然だと思っている殿下の勘違いぶりに腹が立って仕方なかった。こんな男にアンジェは勿体ない。

 そう思っていると、徐にアンジェリーヌがソファーから立ち上がった。


「婚約は破棄致しましょう。その旨、お父さまにこれから伝えることに致しますので、わたくしはこれで失礼致します。殿下、今までありがとうございました」

「アンジェ……!」


 彼女はドアの前まで向かい、振り返るとカテーシをして立ち去った。美しい所作に皆が見惚れていたが、慌てて公爵家の護衛達が後を追って行った。

 その後を追い掛けようとした殿下だったが、足下がふらつき心許ない様子で、近衛兵に支えられるようにして部屋から連れ出される。


 よほど殿下は衝撃が大きかったと思われる。自業自得だ。皆が退出してしまうと、後には家主であるナーリックと、バーノ。ジネベラが残された。


「慌ただしかったのう。突然で驚いたぞ。バーノ」

「悪かったよ。爺さん。だってあの顔だけ王子、ねえさんのこと信じないどころか悪く言うからさ」


 モモもそうそうと言うように、彼の腕を伝ってサイドテーブルの上に降りて来ると、後ろ足で立ち、お強請りでもするようにバーノの顔を見上げた。バーノはポケットからナッツを取り出しモモに差し出す。モモはそれを小さな両手で受け取ると、口元に運んだ。その姿に癒やされる。モモを見ながらジネベラは聞いた。


「殿下はアンジェの元へ婿入り予定だったのよね? どうしてアンジェを大事にしてくれなかったのかしら?」

「恐らくアンジェと結婚しても、今まで通り王子さまでいられると思い込んでいたんじゃないかな。陛下の子といっても第三子だから、いずれは王宮を出て臣下に下り実力にあった家を興すか、ねえさんのように婿を望むご令嬢の家に婿入りするしかないという現実が、見えてなかったのかも知れない」

「そうかもね。でも、アンジェ。大丈夫かしら?」 


 ジネベラはアンジェリーヌのことが心配だった。ジネベラには惚れる要素皆無の王子さまだったが、アンジェリーヌにとって、アヴェリーノ殿下は特別な存在だったに違いない。殿下に自分から婚約破棄を突きつけた彼女の心情を思うとせつなかった。


「大丈夫だよ。ねえさんなら今頃、やけ食いしているだろうよ」


 と、バーノは暢気に言ったが、ジネベラはそのままにしておいてあげようと思った。

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