第24話・殿下の失言


「11年前の事です。私の元へ先代のオロール公爵が慌てて駆け込んできて、孫娘の様子がおかしい。見て欲しいと頼まれたのです。その為、陛下の許可を頂いてオロール公爵家へ伺うと、アンジェリーヌさまが奇病にかかっておいででした」

「奇病?」

「私の下した病名に、先代のオロール公爵さまは納得がいかずその結果、辞意を表明致しました」

「それだけのことで辞めさせられたのか?」

「いいえ。辞めたのは私の意思です」


 訝る殿下にナーリックは愁傷ぎみに言う。事情を知るジネベラ達は黙って様子を見守った。奇病の病名は人によっては素直に受け入れられるか微妙なところだ。一概に元公爵だけを責められない。ジネベラだって、ふざけた病名だと思ったくらいなのだから。


「あの御仁は強引過ぎるからな。急に宮殿に押しかけてきて、こちらの都合も考えず、迷惑にもアンジェとの婚約を一方的に押付け、勝手に決めてしまった」


 殿下は、奇病については気にしてなさそうだった。殿下が気にしていたのは、自分の婚約が勝手に決められたことだけ。殿下のその言葉に、アンジェリーヌは顔を引き攣らせ、バーノやナーリックの視線が鋭くなった。気のせいか部屋の温度が下がったような気がして、ジネベラは腕を摩った。


「殿下はそのようにお考えでしたのね?」

「アンジェ?」


 アンジェリーヌの一段と低い声に、アヴェリーノ殿下は自分の失言に気がついたようだ。慌てて取り繕うとする。


「あ。いや、その……。あの頃から僕はあの王都で出会った少女に夢中で……」

「わたくしは殿下にずっと申しわけないと思っていました。殿下は贖罪の為に、わたくしと婚約を結んで頂いておられたと思っていたのです」

「贖罪? 僕はきみに何かしただろうか?」

「やはり気が付いておられなかったのですね?」


 アンジェリーヌは寂しそうに言った。それが何だかジネベラには悲しそうに聞こえた。


「11年前。お祖父さまが激高して王宮に向かわれたのはわたくしのせいです。わたくしが膝に怪我を負ったせいでそのことを知ったお祖父さまは、その日何があったのか調べ上げ陛下のもとを伺ったのです」

「アンジェが怪我?」

「アンジェリーヌさまの、その時の治療は私が行いました。転んだ場所が悪く、膝の中に細かい砂利が幾つか膝に埋まったのを、除去して消毒致しましたが、残念ながら痕が残ってしまいまして……」

「それは大変だったな。今もその傷は残っているのか? アンジェ」


 ここまでアンジェリーヌと、ナーリックが話しても、二人の話をどこか他人事のように聞いている殿下に、呆れたようにバーノが言った。


「まだ殿下はお気づきになられませんか? あの日、あなたさまが出会われたのはオロール公爵令嬢です。オロール公爵令嬢は当時、奇病にかかっておいででした。その奇病とは髪や瞳の色が突然変わるのです。髪はピンク色で、瞳は緑色になっておりました」


 バーノの告白に、殿下はハッとした様子を見せた。


「僕はオロール公爵令嬢の付き添いをしておりましたから、あなた方があの日、何をしていたかも覚えております。あなた方は王都で出会い、すぐに意気投合して付き添いの僕や護衛を巻いて、二人仲良く屋台を見て回った。でも、あなた方は僕達に見つかり逃げだそうとして、砂利道でアンジェリーヌさまは転倒し、膝を擦りむいて怪我を負った。ここまで言えばもうお分かりでしょう?」

「奇病? 髪や瞳の色が変わる? では僕が11年前に出会った少女はアンジェ……?」


 静かに怒りを含んだバーノの声に、殿下は顔を張られたような反応を示した。ジネベラは先ほど、殿下が自分に膝を見せて欲しいと言い出した理由を知ることが出来た。殿下はジネベラの膝に怪我の痕があるかどうかで、自分が11年前に出会った少女なのか確認しようとしたのだろう。


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