第22話・運命の恋人達

「アンジェだよね? そこまでして僕の気を惹きたいのか?」




 その声の冷たさに誰もが凍り付いた。アンジェリーヌの満面の笑みが見る間に萎んでいく。




「殿下はわたくしがあなたさまの気を惹きたいが為に、このような格好をしていると?」


「その通りだろう? きみはベラが僕の初恋相手だと聞いて、このような真似をしたのだろう? 最低だよ。せっかくの思い出が穢されたような気分だ。帰る」




 その場で固まるアンジェリーヌを残し、踵を返しかけた殿下を止めるべく,ジネベラは前に進み出た。バーノが後から追ってくる。




「殿下。待って下さい」


「ベラッ。止せ」


「きみには失望したよ。ベラ。彼女に脅されでもしたのか? 僕との想いを何があっても貫いて欲しかった」


「誤解です。殿下」


「何が誤解だ。もういい」




 殿下は聞き耳を持たなかった。そこでジネベラは、二人の明るい未来を信じて、自分が泥を被ることにした。




「殿下。嘘をついていたのはわたしです」


「なに?」




 アヴェリーノ殿下は、足を止めた。




「わたしはあなたさまの思い出の少女の存在を知っていました。その為、その姿を偽ったのです」


「きみはそのようなことをする人では無いよ。もしもそうだとしたら、きみは僕にもっと言い寄って来てもいいはずだし、僕の誘いに喜んで乗るはずだ」




 殿下はジネベラが自分の気を惹くために、姿を偽ったと言うのを信じなかった。ここ最近、側にいるジネベラがそんな人物では無いと分かってくれているというのに、長年アンジェの婚約者リーヌのことはどうして信じてくれないのか? ジネベラにはそれが悔しく思われた。




「殿下。では、思い出の少女に繋がる何か証拠のようなものはありませんか?」


「証拠? そうだなぁ……。じゃあ、膝を見せてくれ」


「膝?」




 殿下に言われて戸惑った。貴族の娘達は人前で脚をさらすのを良くないとされている。それなのに膝を見せろとはどういうことなのだろう? 殿下の言っていることは意味不明。でも、それで誤解が解けるならば……と、ドレスの裾を上げ掛けた時、その手をバーノに止められた。




「駄目だ。ベラ。そこまでしなくてもいい」


「バーノ?」


「殿下。ここでは人目もあります。そんなにねえさん、いえ、オロール公爵令嬢のことを疑うのならば、証人がおります。その者の屋敷に参りましょう」




 バーノは殿下をねめつけた。彼は相当怒っているようだ。実の姉のように慕っているアンジェリーヌを悪く言われて不快になったようだ。もちろん、ジネベラも同じ思いだ。殿下のことは厄介な人物と思っていたが、アンジェリーヌを侮辱されて大嫌いになった。




「証人とは誰のことだ?」


「行けば分かります」




 不満を隠そうともしない殿下に、冷たくバーノは言い切った。見ていてジネベラはハラハラした。殿下にこのような物言いをして彼は不敬罪に問われないかと。




「証人と言うからには、身元は確かな相手なのだろうな?」


「もちろんです。僕の祖父です」


「はん。おまえの祖父? 良いだろう。どのような言い訳をするか楽しみにしている。嘘だったなら容赦しないからな」




 急遽移動することが決まったので、隠れて主人達の言動を見守っていた有能な近衛兵や、公爵家の護衛達がわらわらと姿を現し、何台かの馬車がすぐに用意された。 


 そのようなことも気にならないくらい、バーノと殿下は睨み合いを続けていた。ジネベラはこの状態が収拾つくのだろうかと不安に思いながら、公爵家側の護衛に促されて、アンジェリーヌやバーノと馬車に乗り込んだ。


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