秘密の物資運搬依頼

第10話 ハロルドからの依頼

朝起きると今日も窓の外からリリアさんの歌声が聞こえてきた。

窓から覗いてみるとやはり洗濯物を干しているようだ。

邪魔しない様にその歌声を聞きながら朝の支度をする。

今日はなんだかんだで行けていなかったハロルドさんのお店に行ってみるか。


街に着いたときに教えて貰った店の場所を思い出しながらハロルドさんの店を探していると、とある店の前でちょうどハロルドさんが誰かと話しているのが見えた。

何だか真剣に話しているようなので邪魔をしては悪いかと思い、先に店の中でも見せて貰おうかと思ったのだが、近くを通りがかった時にハロルドさんの方から声を掛けられる。


「おぉ、アキツグさん。いらしてくださったんですね」

「あ、えぇ、せっかくなのでお店を見せて頂こうかと。取り込み中の様でしたので、後程ご挨拶させて頂こうかと思っていたのですが」

「そうでしたか。いえいえ、お気になさらず。ちょうど話は終わったので。良ければ中で少しお話でもどうですか?」

「そのつもりでお伺いしましたので、ハロルドさんが良いのであれば」

「良かった。ではこちらに」


そう言ってハロルドさんの案内で店の中に入っていき、応接室と思われる部屋に通される。何だか道中人の目を気にしていたように見えたのが少し気になるが、何かあったのだろうか?


「さて、良くお越しくださいました。と言いたいところなのですが、実はアキツグさんにお願いしたいことがありまして。急な話で誠に申し訳ないのですが聞いていただけますか?」

「お願いですか?ハロルドさんにはお世話になりましたので、できることならお手伝いしますが、どのような内容でしょう?」

「ありがとうございます。お願いしたいことは単純で、サムール村までとある物資を届けて欲しいんですよ」

「物資の運送ってことですか。確かに私でもできそうな内容ですが、他の方には頼めない理由があるのですか?」

「えぇ。ですが、ここからの話はかなりリスクのある内容を含みます。もし、それを承知できないということであればここで断わって下さい」


そこまで言うとハロルドさんは真剣な目でこちらを見つめてきた。

本当に急な話で混乱しかけていたが、向けられたその視線からそれだけ切羽詰まった状況だということが読み取れた。


「そのリスクというのは命の危険なども含まれるのですか?」

「場合によっては。なるべくそのリスクを抑えるために私が本隊に見せかけた囮として、別方向へ向かう予定です。別の人に依頼したい理由の一つがそれですね」


ということはサムール村へ届けるのが重要ではなく、ここから別の場所に運んでスパイの目から逃すのが重要ということか。

恩返ししたいとは思うが流石にこれは話が大きすぎる。だが、これはチャンスでもあるかもしれない。


「報酬は?」

「そうですね。前金で2000、成功報酬で1万リムでどうでしょう?」

「えぇ!?・・・あ、あぁいやできれば行商に使えそうなものでお願いしたいのですが、例えば馬車とか」


あまりの報酬額にビックリしてしまったが、金銭では受け取れない。

・・・いや、取引ではなく依頼報酬なら受け取れるのか?可能性はありそうだが、そんな大金を持っていても売買に使えなければ宝の持ち腐れだろう。


「なるほど。では、運送に使って貰おうと持っていた馬車と馬を成功報酬としてお渡ししましょう。あとはこちらで扱っているマジックバッグを1つ差し上げるということでどうでしょう?」


マジックバッグ、魔法によって拡張され明らかに見た目以上のものを収められる道具袋のことだ。馬車も含め手に入れば今後の旅が格段に楽になるだろう。これは是非とも欲しい。


「分かりました。この依頼受けます」

「よかった。では、続けますがここからの話は内密にお願いします。まず、他の人に頼めない理由ですが、これは誰が敵なのか判断できないからです。通常はうちの従業員や商業ギルドから人を派遣して貰うという手があるのですが、今回の物資には重要なものが含まれており、万が一スパイなどに奪われると大変なことになります」

「私がスパイの可能性もあると思うんですが」

「絶対にないとは言い切れませんが、出会った時とその後の状況から可能性は限りなく低いと判断しました。街での動向も一応調査してましたしね」


見張られていたのか。全く気付かなかった。


「ということで、うちとの関わりがなく直前に会って怪しいそぶりも見せなかった、さらに旅商人として物資の運送を行っても違和感のない人物としてアキツグさんが適任と判断したのですよ」


なるほど。内部の人間すら信用できないとなればその判断基準も理解はできる。だが、そこまで警戒するなんていったい何を?


「その、物資が何なのかは聞いても大丈夫ですか?」

「いえ、知らないほうが良いでしょう。もちろんカモフラージュとして食材や特産品なども一緒に乗せています。万が一の際には持ち出して貰う必要があるかもしれませんが、それが何かはみれば分かるでしょう」

「見れば分かるですか・・・分かりました。それで、サムール村の誰に届ければよいのですか?」

「村長のハイムさんの家まで届けて貰えば大丈夫です。その後は自由にして頂いて構いませんが、カルヘルドへ向かうことをお勧めします。サムール村やこちらへ戻ってくると巻き込まれる可能性もありますから」

「依頼完了の報告などは不要ですか?」

「えぇ、村長と連絡する手段があるので不要です。それにアキツグさんにはなるべくこちらと関わりがあることを知られたくありませんので。馬車についても本日こちらで購入したということにして、明日待機場の方に届けておくので、アキツグさんには冒険者ギルドで護衛を雇ってそのまま出発して頂きたいです」


徹底して秘密裏に行動させたいようだ。ここまで来ると私が何かの捨て駒にされる疑念も少し湧いてくるが、ハロルドさんの人柄と今話している様子からそれはないだろうと打ち消す。となるとますます積み荷がなんなのかきになってしまうのだが、、


「護衛は誰に頼んだほうが良いとかありますか?」

「それもこちらから冒険者ギルドの方に話しておきます。アキツグさんは名前を告げてギルドのお勧めの方はいますか?と聞いていただければ」

「わかりました。最後に万が一の場合は、それを持って逃げるとして、ハロルドさんとの連絡はどうすればよいですか?」

「その場合はカルヘルドへ向かって下さい。街の南東に『青銅の棺』という道具屋があるので、そこで”秘密は棺桶の下に”と言えば匿ってくれるはずです」

「”秘密は棺桶の下に”ですね。分かりました。では、明日出発ですね」

「はい。急な話で本当に申し訳ないのですが、よろしくお願いします」

「はい。ハロルドさんもお気をつけて。また会いましょう」

「もちろんです。そちらもお気をつけて」


話を終えてハロルドさんのお店を出る。店内も見てみたかったが、感づかれてはまずいということと1つ済ませておかないといけないこともあり、今回は諦めることにした。

そして、そのままの足でコウタ達の家へ向かう。


「あれ?アキツグさん、また来てくれたんだ。コヨネは大分具合よくなってるよ。入って入って」

「そうか、それは何よりだ。お邪魔するよ」


コウタに案内されてコヨネの部屋に向かい様子を確認する。コウタの言う通り症状はかなり安定しているようだ。


「アキツグさん。ありがとうございます。お蔭様でずいぶん楽になりました」

「あぁ。でも落ち着くまで油断は禁物だよ。薬をちゃんと飲んで安静にね」

「はい」

「それでコウタ。急な話になるが明日からしばらく仕事で旅に出ることになってね。こちらに戻れるか怪しいから手持ちの薬やマスクなんかを渡しに来たんだ」

「え?明日!?ほんとに急だな。いつ頃戻るかとかも決まってないの?」

「あぁ。コヨネちゃんのことは気になるからいつか様子を見に来たいとは思うが今のところは分からない」

「そ、そっか。薬はありがたいけど、前に貰った分のお返しもできてないのに、さらになんて、俺何も返せるものが・・・」


そう言ってコウタは悔しそうに顔を俯かせた。


「そうだな。じゃあこれはコウタへの投資ということにしよう。コウタが将来活躍して俺に利益を齎してくれることに期待する投資だ。ただし、無茶はダメだ。1番はコヨネちゃんを治して二人で元気に暮らしてる姿をまた見せてくれることだな」

「そんなことでいいのか?」

「お?言ったな?じゃぁ約束だ。次会う時にはまた二人の元気な姿を見せてくれ」

「分かった。約束だ」

「私も頑張って元気になります。約束です」


その後も、少し雑談などをしてから二人に別れを告げて帰路に着いた。

薬があっても生活が楽になるわけではない。約束は咄嗟にお金のことを誤魔化すために言っただけだが、俺は約束通り二人とまた元気に会えることを願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る