第9話 貧民街の少年
昨日と同じように宿で朝食を済ませてから、商業区で露店を広げる。
念のため物々交換の看板は少し見えにくい位置に移動させた。
お客さんも見落とす可能性はあるが、そこは適宜伝えればいいだけだ。
昨日の店主は見た感じ今日は来ていない様だった。
スキルの効果も問題ないようで、露店を開くと今日もお客さんが次々と訪れる。
ただ、こうなると物々交換という制約上荷物が段々と増えていく。
なるべく小さくて価値の高いもので交換して貰ってはいるが、早めに上位の道具袋を手に入れるか馬車の購入を検討したほうが良いかもしれない。
そんなことを考えながら取引をしているうちに時間も夕暮れ時になってきた。
俺は昨日と同じように店じまいをして宿への帰路に着く。
すると、昨日とは別の曲がり角で、昨日の少年が飛び出してきた。
注意しながら歩いていたことで咄嗟に反応できた俺は避け様に彼の腕を掴んだ。
「やっぱり君か。2日連続となると偶然じゃないよな?」
「ちっ!知らねえよ。さっさと放せ!」
「そうはいかない。懐中時計はどうした?返さないというなら、衛兵に突き出すしかないが」
「そ、それだけは止めてくれ!悪かった。そ、その時計は売ってしまってもう持ってないんだ・・・」
そういうと少年は許しを請うように土下座してきた。
彼の必死さから嘘ではなさそうだと感じる。証拠もないのにしらばっくれるという選択をしなかったのは衛兵に捕まってしまうと余罪でバレてしまうのを恐れたからだろうか?
「その様子だと商業区に出るスリの噂はやっぱり君か。なんでそんなことを?そこまで生活に困っているのか?」
「そ、それは・・・確かに生活は苦しいけど、街からの補助もあるし生きていけないほどじゃない。でも今は妹が病気で、薬代を稼がないといけないんだ。もし、今俺が捕まっちまったら妹が死んじまうんだよ!」
なるほど。そういうことか。この様子だと恐らく両親も居ないのだろう。自分以外には妹を助けられないから仕方なくだとは思うが、かといってこのまま盗みをさせるのも良くないだろう。
「その妹さん、何の病気なんだ?」
「詳しくは分かんない。スラムの子供なんて医者は嫌がって診てくれないから。咳が酷くて体が弱ってるみたいだから、咳止めと栄養がありそうなものを食べさせてるんだけど・・・」
やっぱりこれだけの街でもそういう差別はあるのか。スラム街というのがある時点でそんなものかもしれないが。何にしろ一度診てみるほうが良いか。俺にもある程度の心得はあるから、未知の病気でなければなんとかなるかもしれない。
「そうか。良ければその妹さんに会わせてくれないか?俺は医者じゃないが、薬は扱ってるから、もしかしたらその病気について何か分かるかもしれない」
「ほ、ほんとか!?い、いやでもなんで?俺はあんたから時計を盗んだのに」
「なんで・・・か、確かに盗みは悪いことだが、誰かを助けたいという気持ちは分かる。俺も仕事柄そういう場面に会う機会は多かったから、助けられる人を見捨てるのは寝覚めが悪いしな」
「そ、そうか。ありがとう。そんなこと言う人初めて会ったよ。じゃ、じゃぁ早速来てくれるか?」
「あぁ、ただし妹さんのことが何とかなったら盗みは止めるんだ。約束できるか?」
「・・・分かった。約束するよ。俺も分かってはいたんだ。こんなことしてたらいずれ酷いしっぺ返しが来るんじゃないかって」
「よし。じゃぁ行こうか・・・っと、そういえば名前も聞いてなかったな。俺はアキツグだ」
「俺はコウタ。妹はコヨネっていうんだ」
「コウタとコヨネだな。分かった」
そうして、コウタの案内でコヨネちゃんのもとへ急いだ。もちろん罠の可能性もあるので周囲になるべく気を付けながら進んではいたが、幸い襲われるようなこともなく彼の家に着く。
「ここだよ。妹は2階で寝てる」
そう言ってコヨネの部屋へ案内される。
コヨネはベッドで横になってはいたが時々苦しそうに咳をしていた。
「お兄ちゃん?おかえりなさい。あれ?そっちの人は?」
「ただいま。この人はアキツグさんって言って、お医者さんみたいな人だよ。コヨネのことを診てくれるって」
「こほっ、そうなの?でも、お金とか大丈夫なの?」
「心配するな。大丈夫だって」
「初めまして。俺は旅商人だけど薬も扱っていてね。コウタから君のことを聞いてもしかしたら役に立てるかもってことでお邪魔したんだ」
「そうなんですか。私のためにありがとうございます。私コヨネです。アキツグさんよろしくお願いします」
「あぁ、それじゃいくつか質問させてほしいんだけど、体調は大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です。」
そうして症状を確認したかぎり、幸いにも未知の病気などではなかったが喘息の症状が酷くなっているようだった。恐らくは環境的な要因もあるのだろう。
幸いにも有効な薬は持っていたので、後はなるべく清潔な状態を維持して栄養をつければ快方に向かうのではないかと思った。
「うん。たぶん喘息だろう。まずは良くなるまでこのマスクをつけるようにして、コウタ、薬を飲むための水を用意してくれるか。できれば一度沸騰させたものが良いが」
「わ、分かった。お湯沸かしてくる」
数分後、コウタが湧かしたお湯を持ってきた。
「それじゃ、これを飲んで。あとはなるべく楽に呼吸ができるようにして、ホコリとか動物には近づかないこと」
「分かりました」
コヨネは薬を飲んで言われた通りベッドで横になった。横になってすぐはまだコホコホとしていたものの、薬の効果かそれとも安心したからかそのうちすぅすぅと寝息を立て眠りについたようだ。
「いつもより具合よくなってる気がする。アキツグさんほんとに詳しかったんだな」
「あぁ、対応できる症状で良かったよ」
「妹を助けてくれて本当にありがとう。あと、その、今更だけど懐中時計を盗んでしまってごめんなさい」
「あぁ、幸い大切な物というわけではなかったからな。それはもういいよ。
薬も一週間分くらい渡しておく。でも、それはただじゃない。貸しとしていずれ何かあった時に手伝って貰う。これでどうだ?」
「もちろんだ。俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
「よし。っと、あんまり騒いでると妹さんを起こしてしまうな。それじゃ俺はそろそろ帰るよ。そうだ、俺は『夜の調べ』って宿屋にいるから何かあれば連絡してくれ」
「分かった。今日は本当にありがとう」
そうして、コウタと別れて宿への帰路に着く。
「おかえりなさい。今日は遅いお帰りですね」
「あぁ、少し野暮用でね。すまないがまだ夕食は出して貰えるだろうか?野暮用で食べ損ねていてね」
「時間は過ぎてますけど、残り物で良ければ。特別ですよ?」
そういってリリアさんは悪戯っぽくウィンクした。
「ありがとう。助かるよ」
リリアの好意で温め直された食事を感謝して頂き、部屋に戻る。
ベッドに寝そべりながら今日一日を振り返って、コウタを止められたこと、コヨネちゃんを助けられたことに安堵する。
(そういえば、昨日今日と結構な取引をしたけどスキルレベルは上がらなかったな)
それまでの取引より明らかに多かったのに上がらないということは、必要な取引量がさらに増えているか、もしくはそれ以外の条件などがあるのか。
気にはなるが今のところ急いで上げないといけないほど困っているわけでもない。おいおい考えればよいだろう。
そんなことを考えながら次第に襲ってきた睡魔に身を任せ微睡みに落ちていった。
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