第7話 宿屋の歌姫

ギルドを出て、さっそく教えて貰った宿屋に向かう。


「いらっしゃいませ」


中に入るとすぐにカウンターから女性の声が聞こえてきた。声の方に顔を向けると、そこには20代半ばほどの女性がいた。


「お食事でしょうか?それともご宿泊ですか?」

「宿泊でお願いします。とりあえず1週間分お願いできますか?」

「畏まりました。食事付きで1泊40リムとなりますがよろしいでしょうか?」


リブネントより10リムほど高いが、町と村の差を考えればむしろ安い方だろう。1週間としたのは情報収集と、できれば大きい町で例の木彫り細工の売り先の当てを付けておきたかったからなのだが、この額なら問題なさそうだ。そう考えて宿屋の女性という点から必要としていそうなものを提示する。


「あぁ、この辺の商品を対価に取引したいのだがどうだろうか?」

「そうですね。ではこれらを対価として頂きますね」


交渉も問題なく済み部屋へと案内される。


「こちらになります。何かご不明な点がありましたらいつでもお呼びください」

「ありがとうございます」


女性が部屋から出て行った後、俺は部屋の中を改めて確認した。

部屋の広さは6畳ほどで、ベッドと机が置いてあるだけのシンプルな内装だった。しかし、掃除は行き届いており清潔感があった。

そして何より、2階にも関わらず窓からは街が一望できる見事な景観だった。街の東側には賑やかな商業区が広がっており、反対の西側には高級そうな建物が多く見える。恐らくは貴族街なのだろう。


(・・・そういえば、ハロルドさんに他に細工物が好きな貴族が居ないか聞いてみるべきだったな。)


知っていれば既にハロルドさん自身が交渉しているだろうと思って考えから除外していたが、よく考えたら雑貨屋の店主の制限で当てがあっても手を広げられなかった可能性もある。明日会えるようなら聞いてみるか。

あとは、この町の市場や商店を回って商品の仕入れ先を見つけること。そして、できれば他の商人と仲良くなって情報交換をすることか。

まぁ、本格的に動くのは明日にして今日は食事をとって早めに休もう。

そう思い部屋を出て1階に降りようとすると下から誰かの歌声が聞こえてきた。

綺麗な歌声だ、とても心が落ち着く。俺はその歌につられるように1階に降り、食堂を覗くとそこには先ほどカウンターで会った受付の女性が少し高台になっている場所で見事な歌声を披露していた。

そして宿屋の名前を思い出して納得した。

『夜の調べ』まさしくその名に相応しい歌声だった。


「綺麗な歌声ですね」


その歌が終わったところで俺は受付の女性に声をかける。

すると彼女は少し照れた表情で礼を言ってきた。


「ありがとうございます。一応宿屋の売りとして行っているのでお褒めの言葉をいただけると嬉しいです」

「いや、お世辞抜きに素晴らしかった。思わず聴き入ってしまいましたよ」


俺がそう告げると、彼女は少しびっくりした後嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございます。お客様はこの街は初めてでしょうか?」

「えぇ、今日着いたばかりなんですよ」

「そうでしたか。私はこの宿の娘でリリアと申します。何かお力になれることがあれば遠慮なく仰ってくださいね」


そう言ってリリアは軽くお辞儀をしてきた。

俺はそれに頷きながら答える。


「それは助かります。俺は旅商人をしているアキツグです。この辺りの常識には疎いので注意するべきこととかがあれば教えて欲しい。」

俺がそう告げると、リリアは「わかりました」と言って頷いた。

「では、お食事の準備ができておりますのでどうぞこちらへ」


そう言ってリリアさんは俺を席に案内してくれた。そしてそのまま料理が運ばれてくる。メニューはパンとスープ、それにサラダだった。どれも美味しそうな見た目をしており、食欲をそそる香りが立ち上ってくる。

俺は早速とばかりに手を合わせる。


「いただきます」


俺はまずスープを口に運んだ。味はシンプルだがしっかりと野菜の味が染み出しており非常に美味しい。パンも焼き立てなのかとても柔らかく食べやすい。サラダも新鮮な野菜と少しの塩で味付けされておりこちらも美味しかった。


「お口にあったようで何よりです」


俺が食べる様子を見ていたリリアは嬉しそうに微笑んだ。

俺はその笑顔を見て、改めてこの宿屋を選んで良かったと思ったのだった。

食事を終えた俺は、部屋に戻り明日に備えて寝ることにした。

寝る前に窓の外を見ると、すでに日が落ちておりとても静かな夜だった。


翌朝、目を覚ますと既に太陽が昇っており窓から眩しい光が差し込んでいた。

起き上がると窓の外から微かに歌声が響いている。近寄ってみると下ではリリアさんが洗濯物を干しながら歌を口ずさんでいた。本当に歌うのが好きなようだ。

しばらくその歌声に耳を傾けていると、洗濯物を干し終えたリリアさんがこちらに気づき声をかけてきた。


「あ、お客様!おはようございます。今朝の朝食は如何なさいますか?」

「あぁ、はい頂きます」


俺がそう答えるとリリアさんは嬉しそうに微笑んでキッチンの方へと向かって行った。それを見届けてから俺は1階に降りていく。するとちょうどよくテーブルに料理が並べられたところだった。


「どうぞごゆっくりお召し上がりください」


そう言ってリリアさんは他の客の対応に戻っていった。それを見送ってから、俺はさっそく料理に手をつけた。パンは焼き立てでとても温かく、スープは出汁が効いており体が温まる。サラダも新鮮な野菜を使っておりとても美味しい。

そうしてゆっくり食事を摂っていると、リリアさんが再び声をかけてきた。


「本日はどこかへお出かけですか?」

「えぇ、この後商業区の方へ行ってみようと思っています。」

「そうですか。商業区は賑やかで色々ありますから楽しめると思いますよ。ただ、西の端の方にはスラムがあって、最近その辺でスリが出るという話もあるので、少し気を付けたほうが良いかもしれません」

「スリですか。なるほど、気を付けるよ。ありがとう」

「いえいえ、それでは」

「あ、そうだ。リリアさん、こういう細工物が好きな人とか知らないかな?」


そういって小さな木彫り細工を一つ出して見せた。


「わぁ、かわいいですね。でも、かなり精巧にできているようですし、高いんじゃないですか?」

「物にもよるが多少はするかな。ただこれらも物々交換でお願いしようと思っているんだが」

「そうなんですか。とはいえ、残念ながら知り合いにはそういう趣味を持っている方はいませんね。お役に立てずすみません。」

「いや、気にしないでくれ」


そう言って朝食を済ませると、リリアさんと別れて商業区へと向かうことにした。



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