2-2 お土産
「い、家に帰りたい、ですか……」
ルビーが言った「家に帰りたい」。
確かに、彼女はまだ実家を離れる年齢ではない。そう思うのは普通だ。
ただ、レベッカには気になることがあった。
「ど、どうして、そう思ったの?」
「……この間のアルさんの一件だったり、劇を観たりして、普通の家族って良いなあって思ったんだ」
「……そうですか」
ピオネー家の一件も、両親が子どもを想っているからこそ起きた事件だし、あの劇だって最終的に良い家族の元に帰りハッピーエンドになった。
それを見て、ルビー自身が温かい家族のことを思い出した……ようには、到底見えなかった。
ルビーの顔には諦めがあった。どこか手に入らないような、高望みをしていることが分かっているかのような。
「だ、だったら、どうしてそんなに諦めた顔をしてる、の?」
「そもそも、人間の王都から、魔族領にある故郷になんて帰れる距離じゃないこともあるし……」
距離の問題は確かに切実かもしれない。いくらレベッカが高速飛翔できる黒龍を従えていると言っても、一週間、いや二週間は覚悟しなくてはならない。ルビーとの契約期間は長めに設定してるとはいえ、それでも辿り着くかはぎりぎりのラインになる可能性がある。
「具体的にはどれくらい離れてるんだ?」
ルビーが人間には分からない単位を使っているので、それを人間でも分かるように直してもらうと。
「二週間、ですか」
「そのくらいっぽいね」
レベッカとリアムの考えは一致しているようだ。ルビーがこの世にいられるのはあと十五日ほど。早く準備をしなくては間に合わなくなってしまう。
「る、ルビー。すぐに貴方の故郷に向かおうと思ってるんだけど、そ、それまでに王都で、どこか行きたい場所はある?」
それを聞くとルビーは少し考える素振りを見せた。寄っていく場所を考えている時の方がよっぽど明るい表情に見えた。
「それなら、お花屋さんに行きたい!」
「じゃ、じゃあ、すぐに行こう」
レベッカは頼んだ料理をすぐに平らげた。旅をしていた時に身に着けたどうでもいい技術の一つだった。
「花屋? ガサツなお前にも、そういう女子らしい一面があったんだな」
「失礼な!」
花屋に行くことが決まって元気が出て来たのか。リアムの軽口にも反撃が出来るようになっていた。リアムもそれを分かってやってはいるのだろうが。
レストランから出て、花屋に向かう。
「あれ、こっちの道で良いの?」
ルビーがそんなことを聞いてきた。
確かにレベッカたちが向かっているのは王都で一番大きい花屋がある場所でない。
「だ、大丈夫。ルビーには、も、もっと良いところを見せてあげるよ」
レベッカ達に連れていかれるがままに辿り着いたのは、王都にある大きな丘。近くには王城もあるような場所で、日当たりがとても良い。
その丘にある四方を囲まれた大きな建物。しかし、建物というには屋根がない不思議な造りをしている。
レベッカは施錠されている門についているボタンを押した。
しばらく待っていると、門から人が出て来た。その男は、土と水にまみれており、綺麗には見えないが、いい表情をしていた。汚れても、自分の仕事に誇りを持っているからだ。
「お、お久ぶりです」
「おお、レベッカの嬢ちゃんじゃねえか! なんだ、仕事か?」
「仕事でもあるし……私情、でも、あります」
「そうか。じゃあ、中、入るか?」
「お邪魔させていただきます」
レベッカ達は門の中へと入って行くと、壁の向こう側にあったものが姿を現した。
「花畑……!」
「そ、そうです。ここは、王城や貴族に献上する用の花を育てる花畑なんです」
雑草の一つすら生えることなく整備された広大な土地には、儀礼や行事で使われる花々が咲き誇っていた。それに加えて、薬に使えるような珍しいものまでも育成している。
「わあ、凄い!」
ルビーはとにかくここにある花々を愛でたい気持ちが溢れているようだった。魔法によって他の人には見えないようになっているが、レベッカには尻尾が振れているのが分かってしまった。
喜んでもらえて良かった。
「お! お嬢ちゃん。花が好きなのか?」
「うん! 好きだよ! こっちの花はあんまり詳しくないけど」
「花に興味がある奴は大歓迎だ! ゆっくり見ていってくれ」
「ありがとう!」
ルビーは花畑の奥に進んでいこうとする。その姿はいつも以上に元気に見えて、本当に嬉しそうなのがこちらにも伝わってくる。
「おじさん。あ、あの子に、ついて行ってくれませんか? お、お仕事があるのは、分かっているんですけど……」
「いいぞ。花好きに、もっと花を好きになってもらうチャンスだしな」
ここの花畑を管理しているおじさんは、王族や貴族だったり、官吏を相手にしているのに、金払いも良くない客であるレベッカ達にも親切だ。
取り残されたリアムとレベッカ。
ふとリアムがレベッカにこんなことを言った。
「これだけ大きい仕事をしてるのに、俺たちみたい意味の分からない仕事をしている奴らにも商品を卸してくれるの、ありがたいよな」
「そうだね」
ここの畑からは、葬儀で使う花を卸してもらっている。だから、あのおじさんとレベッカは顔見知りだった。
レベッカとリアムは魔法で使役されている受粉用の蝶を眺めていた。
ひらひらと効率的に花々を行き来している。無駄がないけど、綺麗だった。
「わ、懐かしいね。あれ、む、村でも見たことある」
「そうだな。あの蝶って、村のとは違うのか、気になるな」
レベッカの故郷でも果樹の受粉作業に使われていた蝶だ。幼いころは追っかけまわして大人に注意されていたことを思い出した。
けど、村の話を長くはしない。
そういう暗黙の了解が二人の間にはあった。
二人をまっていると、植物が入ったプランターを持って帰って来た。つぼみがついていて、もう少しで開化しそうだ。
「えへへ、おじさんから貰っちゃった。何が咲くかはお楽しみだって」
「よ、良かったね」
「うん! これでお土産が出来たし、帰る準備はばっちり!」
おじさんにお礼をした後、レベッカたちは旅の準備をして、その日のうちに王都を出発した。
十三日の旅の後、レベッカ達はルビーの故郷へと辿り着いた。
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