第11話 土木堡の変
ああ、嫌になる。華々しく北京を出発して二十日、来る日も来る日も雨がひどい。ぬかるみにハマる
文武官どもはしきりに北京に戻るよう陛下に進言を要請するが、私は取りあわない。軍人は臆病風に吹かれている。見せしめに百人くらい斬ってやろうか。陛下の命令を無視したら自分の首が飛ぶのだぞ。
まったく嫌になる。オイラト軍はどこにもいない。天候は相変わらず不安定だ。陛下の機嫌も不安定だ。太行山脈の西側で大軍は右往左往するばかり。雨に濡れた茶色と灰色の景色にうんざりだ。
そんな折、陛下は私の故郷に寄りたいと仰った。私も蔚州の長老たちを喜ばせたかった。全軍に指示が下る。
「蔚州に向かえ!」
ところが、私はハタと気付いた。この大軍が通過すれば、我が故郷の畑は壊滅する。馬が作物を食み、車の轍が蹂躙するのだ。再び全軍に指示が下る。
「宣化城に向かえ!」
まったくの逆方向に転進した明軍の列は長く伸びていた。
まぁ、いい。北京に戻れば、いつもの日々が待っている。
晴れれば埃が舞い、降れば泥沼の我が故郷。本当に場所が悪い。
陛下はオイラトと一戦も交えず、ご不満そうだが、私に一切の采配を委ねておられる。
急激に事態が変わったと、うるさい報告がやって来る。やっと宣化城に腰を下ろしたというのに、オイラトの大軍がすぐそこに迫っていた。
陛下は恭順伯の
オイラトの機動力は凄まじい。
私は撤退を急いだ。急いだが、気になるのは私の財宝車だ。あれを失ってはならない。私の築いた二十数年、陛下と私の孤独を秘めた品々、何物にも勝るものを失ってはならない、絶対にだ。
先遣隊が戻り、懐来城まで三十二㎞と聞いた将軍たちは「直ちに全速力で入城すべき」と断言した。無理だ、私の宝を捨てることは出来ない。また雨が降った。
雨の中、樊将軍は陛下の幕舎前で跪き、面会を請うている。うっとうしい軍人め。私が出ていくと、奴は少しばかりの銀を私の手に押し込んだ。一両にもならない重さだ。これだから軍人は無粋なのだ!
懐来城に行くことなく、私は宿営地を土木堡に決めた。高台にあるため、オイラト軍もそうそう手が出せまい。
それがまずかった。土木堡の南を流れる川は、オイラト軍に占領されてしまった。井戸を掘っても水は出ず、十万以上の兵士はオイラトの連中と対峙したまま、飢えと乾きに苦しむハメになった。
例の樊将軍は私を罵った。土木堡の粗末な営舎の柵前で大声で陛下に窮状を訴え、私を罵るのだ。何という無礼であろう。私は部下を遣って、彼を殴らせた。
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