10 崩壊をとめるには

「確かに、我ら魔術師は明言を避ける傾向があります。言葉を発することでになると、そうした一種の信仰がありまして、私もその信者と言えましょう。この辺りはキンロップ殿とも意見が異なることはありません」

 コルシェントは前言を取り消す仕草をし、厄除けのそれを続けた。

「誤解のないよう明確にすることと、言霊に聞き咎められぬよう注意することの間に境界線を引くのは、まだ私には難しい」

 ナイリアンの全魔術師中、最も高い地位を持つ男はそう言って息を吐いた。

「だが」

 ジョリスは眉をひそめた。

「ヴィレドーンは三十年の昔に死んでいる」

「ええ。そうです……そのはずです、と言うのでしょうか」

「――何」

 魔術師が何か重要なことを言った。ジョリスにはそれが感じられた。

、と言うのは?」

「ご存知ありませんか、ジョリス殿。――かの裏切りの騎士、漆黒のヴィレドーンの遺体がどうなったかという記録はないのです」

 神託のようにコルシェントは言ったが、ジョリスは戸惑った。

「だが……記録がないからと言って、当時のデュール王子殿下やアバスターがヴィレドーンを取り逃がしたとは考えづらい」

 アバスターがヴィレドーンを倒したと、それははっきり記録に残っているし、記憶している人物だっている。

「ええ。確かにアバスターは裏切りの騎士を打ち倒したのでしょう。遺体は灰になったなどという伝説もありますね。しかし悪魔ゾッフルと契約した者は、心の臓を貫かれたくらいで死なないやもしれません」

 さらりと発された言葉は怖ろしいものだった。

「だが……」

 ジョリスは首を振った。

「そうしたことは、当時の祭司長もお考えになっただろう」

「失礼。ジョリス殿の仰る通りでしょうね。当時からナイリアンには祭司長が存在した。悪魔の業に詳しいであろう彼がそうしたことを警戒しなかったはずはなく、見逃しもしなかったでしょう」

「そう思うなら何故、そのようなことを?」

「可能性、です」

 魔術師は肩をすくめた。

「どんなに僅少であっても、可能性というものは必ずあります、ジョリス殿。その祭司長の神力を悪魔が上回ったという不吉な可能性すら」

 すうっと、その場の空気が冷え込むような感じがした。

「……私とて、このようなことは考えたこともありませんでしたし、考えたくもありません。ですがいまは、考える必要がある」

「そのことには同意しよう」

 騎士はうなずいた。

「キンロップ殿に、もっと詳しく――」

「一蹴されますよ」

 コルシェントは嘆息した。

「専門外ではありますが、私が調べましょう。魔術師では信用ならんということがありましたら、失礼ながらキンロップ殿以外の神官を頼ることも視野に入れましょう。当てなら少々ありますので」

「コルシェント術師。何故、そのようなことを?」

「何故ですって?」

 魔術師は片眉を上げた。

「その答えはジョリス殿ご自身がよくお判りなのでは」

「何を」

 ジョリスは戸惑った。

 いや、迷った。

「〈白光の騎士〉殿」

 魔術師は顔を上げ、騎士と視線を合わせた。

「箱が――いえ、その中身が此度の戦いに必要だと、ジョリス殿はそうお考えなのではないですか」

「私は」

 ジョリスは答え難かった。それは、コルシェントには答えられないというようなことではない。彼自身、答えを出せていなかった。

 ピニアの言葉。

 あれをどう受け止め、どう動くかで、全てが変わる。そのことを騎士は強く確信していた。

 と言うのは――。

「……術師。私は以前、このような言葉を耳にしたことがある」

「何です?」

 コルシェントは興味ありそうに身を乗り出した。

「詳細は伏せさせてもらうが、ピニア殿のように予言ルクリエをする者を私がほかに知っていると思っていただきたい。その人物が言ったのだ」

「お聞きしましょう」

「『昔の星が蘇るとき、この国は大きく揺らぐ。崩壊をとめるには閃光が目覚めなければならない』」

 彼は思い出せる限り正確に、その言葉を口にした。

「それは……また」

 魔術師は目をしばたたいた。

「実に明瞭な予言ですね」

「明瞭か」

「ええ。王陛下や祭司長はお認めにならないが、いまこの国は黒騎士の騒動に揺れている。それが王国の崩壊に繋がり得るという怖ろしい予言です。真に力ある予言であれば『繋がり得る』などという曖昧なことはなく、必ず崩壊が起きるのですが」

「そのようなことを起こしてなるものか」

 騎士は両の拳を握った。

「決して」

「目覚めるべきは……〈閃光〉アレスディア」

 ゆっくりとコルシェントは呟いた。

「アバスターの箱のなかに眠りしもの。それがあれば王国の崩壊をとめられるという予言であるなら、それは必要なのです。――ジョリス殿」

 コルシェントは真摯に彼を呼んだ。

「私はいつでもあなたの、そしてナイリアンのためにお手伝いいたします。あなたに協力したいのです」

 どうか、とコルシェントは続けた。

「ご決断を。猶予は、あなたがお思いであるほどには存在しない」

「何だと」

 ジョリスは驚いた。

「術師、貴殿は何をご存知なのだ」

「明確なことは何も」

 魔術師は首を振った。

「ですがこれだけは言えます。く鋭き光は、いまこそ必要であると」

「鋭き、光」

 ゆっくりとジョリスは繰り返した。

「では貴殿は……」

「ご決断を」

 じっと騎士を見て、魔術師もまた繰り返す。

「猶予は、あなたがお思いであるほどには存在しないのです」

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