夢に向かって走る

「蒼は、フォトグラファーになりたいのか。」

「はい!」

「それはどうしてだ?」

「写真を取ることが好きだからです!」

「そっか、好きなことを仕事にできるって良いことだもんな。」

 僕の将来の夢はフォトグラファー。でもこれは建前で、本当は歌手になりたかった。誰かに否定されるのが怖くて、ずっと打ち明けられずにいた。

「……。」

「蒼? どうした、元気ないな。」

「あっ、なんでも無いです。ちょっと眠くて元気がなかっただけです!」

「そっか。一応確認だが、本当にフォトグラファーで良いんだな。」

「……はい。」

「まあ、参考程度に聞いてほしんだけど、音楽科の先生から助言があった。歌手に興味ないかって。」

 えっ、どういうこと? 歌手?

「蒼の歌う歌、とっても良いらしいんだ。もし興味があれば、歌手関係の会社とかオーディションを紹介できるから、興味あるならぜひって。でも、フォトグラファーになりたいんだもんな。」

「まあ、無理にとは言わないから、その選択肢があるってことだけでも頭に入れておいてほしい。返事は急がないらしいから興味があれば、湯本先生の先生のところに行って。」

「わかりました。」

「おう、じゃあ勉強頑張れよ。次は佐々木の番か……。」

「あ、ちょうどよかった。奏音に会ったらで良いんだけど、明日広報委員の集まりがあるから忘れずに参加しろって言っておいてくれるか? さっき言おうと思ったんだが忘れちゃって。」

「わかりました! 会えたら伝えておきます。」

 え、どういうこと? 頭の整理が追いつかない。僕が歌手に……? 信じられない。夢を見ているようだった。浮かれて走って教室に戻る。

 ドンッ、

 痛! 誰かにぶつかっちゃった。とっさに

「すみません! 前をよく見て無くて」

 ぶっつかった相手は奏音だった。寡黙ながらも音楽に真剣に向き合う姿に僕は心が引かれていた。今日もかっこいいなと思っていると、

「俺は大丈夫だけど……お前は大丈夫か?」

 かっこいい……ボーっと美しい奏音の横顔を眺めてしまった。恥ずかしくなって、照れを隠すために

「僕は大丈夫! ごめんね、ぶつかって」

 沈黙を遮るように話を続けた。

「あ、奏音くん。ちょうどよかった。明日広報委員の集まりがあるからよろしく!」

 僕、奏音くんのことが好きだ。どうしようもないくらいに。思わず言ってしまいそうになった。

「おう、わかった。よろしくな。」

 頭をポンポンされた。美しいピアノを弾き続けた大きな手は温かく、心が安らいだ。


 奏音が教室から出たあと、僕は音楽室へ向かった。湯本先生に会い、歌手について色々聞こうと思った。

「失礼します。」

「あっ! 蒼くん。こんにちは。ほら早く、こっちおいで。」

 音楽準備室の方へ誘導され、一枚の紙を見せてもらった。大手レーベル・帝都レコードのオーディションだった。

「蒼くん。あなたには歌手になれる才能がある。」

「……えっ、はい。」

「急に言われても戸惑うわよね、ごめん。でも、その才能があるってことだけはわかっていてほしい。君の歌声は心動かす。パワーがある。」

 正直戸惑った。自分が歌手? 想像できない。

「……わかりました、詳しく教えてほしいです。」

「ホントに? 蒼くん、歌手に興味あったんだ?」

「はい!」

「わかった。まずこの帝都レコードのオーディションなんだけどね……」

 実感が湧かなかった。この僕が……歌手に?

「一次審査で録音審査があるの。自分の得意な曲でもなんでもいいから録音して送る。結果は後日メールで送られる。そして、一次審査が通れば二次審査。二次審査では、東京のスタジオで歌唱テストがある。」

「最終審査まで勝ち抜けば、レコード会社に所属して、歌手としてデビューできる。」

「……すごいです! 僕なんかにできるのかな……。」

「何言ってるの? 蒼くん。君は才能があるから大丈夫。」

 才能か……。どうなるかわからないけど、夢に向かって突っ走ろうかな。

「1回家でよく考えてみます。両親にも相談したいので。」

「うん、それがいいと思う。返事はいつでも待ってるから。またおいで。」

「わかりました。ありがとうございます!」

「さようなら!」

「さようなら。気をつけて帰るのよ!」

 僕が歌手か……。思わずテンションがあがり、スキップしながら家へ帰った。




「ただいま~」

「おかえり、珍しく遅かったわね。」

 家へ帰ると母は料理をしていた。そして今日あったことを伝えると

「いいんじゃない? 蒼が歌手か~、なんかいいわね。」

「まだ決まったわけじゃないから。」

「お父さんと同じフォトグラファー目指すのかと思ったけど違ったのね~」

「写真は趣味でいいよ。というか、お腹すいた! 今日の晩ごはんなに~?」

「今日は蒼の大好きな肉じゃがよ~。」

「やったー! お母さんお肉じゃが大好き!」

「はいはい、嬉しいわ。もうできるから準備して。お父さん、今日も帰り遅くなるみたいよ~。」

「また~? 今日はどこ行ってるの?」

「鎌倉よ。今日はお寺の写真撮るんだって。」

「でた、寺オタク!」

「今日は仕事よ。喋ってないで手伝って。」

「は~い」

 部屋には母さん特製肉じゃがの香りが広がっていた。いただきます。うちの肉じゃがは牛肉を使っている。じゃがいものホクホクとした食感が広がり、それに絡む牛肉の旨味が口いっぱいに広がる。甘めの味付けが、心をホッとさせる。

「美味しい!」

「そう? 良かったわ。」

 ご飯を食べ進めると、父さんが帰ってきた。

「おかえり、早かったわね~」

「またお寺の写真撮ってたの? あとで見せて~」

「勘違いするなよ~、仕事だからな?」

「わかってるって。」

「ほら、早く手を洗ってご飯食べて。」

 父さんはそう言われると脱衣所へ向かった。食べ終わった食器を台所へ持っていき、冷蔵庫からプリンを取り出した。夜ご飯を食べる父さんの横でプリンを食べながら、今日あったことを話した。

「そっかー、蒼が歌手か!」

 母さんと同じ反応だった。

「想像できないな~、フォトグラファー目指すのかと思ったけど、違うんだな。」

「母さんと同じこと言ってる!」

「ちょっと~、やめてよ。」

 今日も夫婦仲はいい。

「仲良しだね~、ちょっと散歩行ってくる」

 夜ご飯食べたあと、土手に少し散歩に行くのが日課だった。

「いってらっしゃい、気をつけるんだぞ。」

「わかってる、いってきます!」

 スマホと財布を持ち家を出る。イヤホンを片耳につけ、お気に入りのプレイリストを再生する。メロディーを口ずさみながら土手を歩いていると奏音くんがいた。

「奏音くん!」

 声をかけたが、奏音くんは気づかなかった。

 もう一回声をかけようとしたが、奏音くんの横には女の子がいた。クラスメイトの結衣だった。楽しそうに話していた。もしかして彼女なのかな。

 思わず泣きそうになった。僕は本気で奏音くんのことが好きだったんだ……。

「奏音くん、僕、あなたのことが好きです。でももう、好きになるのを……」

 そう言葉を残し、家へ帰った。走って帰った。悲しさを紛らわせるために。

 初恋、実らなかったな……。


 授業をうけ、広報委員の集まりに向かう。少し待っていると、奏音くんが教室に来た。美しい顔だった。かっこいい。

 奏音くん、ごめん、諦められそうにないや。僕、まだ奏音くんのこと好きでいていいかな?

「あ、奏音くん、こっちだよ!」

 恥ずかしい気持ちを紛らわせるために、必死にいつも通りを装った。そして、奏音くんは僕の横に座った。

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Concert 碧月 颯 @Hayate_Aotuki

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