試験前だから勉強する、しかし邪魔が――

 試験前だから勉強する――のは仕方がない。試験前以外いつ勉強するのだ?

 家でノートや教科書を開くことはこの時期しかなかった。今年もまた同じだ。

 しかし例年と違うこともある。俺の部屋に邪魔者が。

 今日もまた俺の部屋に日葵ひまりがいる。なぜ?

 さすがに俺所有の漫画を読むことはなかったが、お前ならひとりで自室で勉強できるだろ。

 俺は勉強机に向かいながらも、俺のベッドに居座りぶつぶつ言っている日葵が気になって集中できなかった。

 ときどきチラッと後ろを振り返る。ワンピース型の部屋着を着た日葵は俺のベッドの上で壁にもたれてノートに集中していた。

 ぶつぶつ言っているのは暗記しているからだ。どうやら日葵は口に覚えさせるスキルがあるらしい。

 俺もやったことがあるが試験中についぶつぶつ言ってしまう副作用が出たので今はやめている。日葵はそんなことがないのだろう。

 ところで日葵は膝を立ててもたれている。その足先は俺の方を向いていないから部屋着の中まで見えることはないものの太ももの外側が半分ほどあらわになっている。

 すっかりくつろいだその姿に俺はいつも惑わされる。ノートの文字が頭に入ってこない。自分の部屋で勉強しろよ。

「うんうん、うんうん、カンペキ、ペキペキ!」呪文かよ!

 ひとりで興奮してやがる。足をばたつかせる。

 立て膝を覆うルームウエアワンピの裾がするする落ちて太ももがどっとあらわになり、裾を引っ張ってもとへ戻すのを繰り返す。

 ちゃんとしてくれ。集中できないではないか。

「良いな、できるヤツは」俺はついぼやいていた。

「――俺はできないよ」集中できないし。

「どうして?」

 無自覚の日葵が脚を大きく動かしてベッドから降りた。その際太ももの奥の方まで俺の目に入ってきた。暗くてよくわからなかったが、俺は目を背けた。

「ふうん」日葵が俺の教科書やらノートを覗き込む。

 俺は今さらのようにまっさらの教科書にアンダーラインやらマーカー入れをしている最中さいちゅうだった。

 途中まではぎっしりとラインとマーキングがあった。

「ぐふふ」日葵が笑う。

「何だよ」

「全部マーキングしてる」

 確かに、俺の教科書はカラフルに彩られていた。

「――まるで塗り絵ね」確かに。

「――暗記の神様曰く……」

「誰だよ、それ?」

小原おはらさん」F組の良くできるヤツらしい。

「――暗記の神様曰く、マーキングし過ぎるとそれだけで覚えた気になってしまう」

「う!」確かにそうかも。

 実際、まずはマーキングして後で覚えようとしていた。作業した割には一つも頭に入っていない。

「全部にラインして、全部重要みたい」

「実際、教科書は重要なことしか書いてないだろ。無駄な文がない」これ以上要約できないくらいに。

「だったら何も印をつけないで、何度も見てどこに何が書いてあるかわかるくらいにした方が良い。暗記の神様は右のページの上の方に書いてあったとか画像みたいに覚えている。教科書やら参考書やらノートやらあちこち見て覚えるよりも何か一つに絞ってそれを徹底的に覚え込む」

 なるほど「そういえばカードを作るのだったな」暗記カード。

 カードにしてそれを絵のように記憶するようだ。

「目で覚えるだけだと思い出しにくいから手か口に覚えさせると良いみたいよ。漢字を思い出すとき、指が勝手に動くでしょう? 書いて覚えたものは手を動かして思い出すの」そうだな。

「――でも社会の教科書やノートを漢字を覚えるみたいに何度も書いたら大変じゃない? だから口に覚えさせるのよ」

「思い出すときにぶつぶつ言ってしまうしまわないか? 試験中に」

「訓練よ。声に出さない訓練」ってお前、ぶつぶつ言ってたぞ。

「――あとはそうね、耳に覚えさせるのもありね」日葵は俺の耳元に囁いた。

「――録音した音声を毎日寝る前に聴くのも良いわ。私が読み上げた音声毎日聴く? おにいちゃん」吐息がかかった。

「いや遠慮します」

「欲がないのねえ」

 俺は毎日煩悩と戦わねばならなかった。勉強が捗るはずもない。



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