幕間 その頃の王子
「えっ、セドリック様と結婚出来ないんですか?」
俺の愛する女性である彼女は、驚いて目を見開いた。
俺の名前は、セドリック。この国の第一王子である。俺は今、恋人である男爵令嬢と王宮の一室で二人きりで話をしていた。
「ああ。父上は、どうしてもリディアを王妃にしたいらしい」
「そんな……」
「でも安心してくれ。社交界にはリディアの悪口が蔓延っている。リディアを王妃にすることは、貴族たちが許さないはずだ」
「そうなんですね。じゃあ、私がセドリック様のお嫁さんになれるんですね……?」
「絶対にそうしてみるさ」
未だに社交界でリディアは、身分が下の者を虐げた悪女として噂されている。
そんな彼女が今更名誉回復をして、王妃になることなど不可能だろう。父上が許したとしても、貴族どもが許さないだろうからな。
「よかった。これで、私は王妃になれるんですねぇ。そしたら国民の羨望もお金も私のものに……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
彼女は愛らしい笑顔を浮かべた。彼女の言葉はよく聞こえなかったが、そんなことどうでもよくなるほどの可愛らしさだ。
彼女を見て、改めて思う。やはり大人しい従順な女性は最高だな、と。
思い出されるのは、リディアの婚約破棄した時の言葉だ。
あいつは、『セドリック様への情なんて昔からありませんもの』と言いやがったのだ。
婚約破棄されて強がっていただけだろうが、可愛くない反応だ。女なんて、男に従順になっていればいいものを。
「まあ、あの生意気な女が家族から見放されて、辺境の地に追いやられたのは笑えるけどな」
「リディア様の話ですか?」
「ああ。反抗的な態度をとってるから、辺境なんかに追いやられるんだ」
「……すごく可哀想ですよね」
「虐められたのに、リディアのことを気にしてやるなんて、君は優しいな」
俺がそう言うと、彼女は再び愛らしい顔でクスリと笑った。
とにかく彼女と結婚できるよう、父上にもう一度頼んでみよう。
彼女を家に帰した後、俺は父上の執務室に向かった。
父上の執務室前にたどり着く。扉を開けると、部屋の中から父上の叫び声が聞こえてきた。
どうやら俺の来訪に気づいていないようだ。
「は? リディア嬢の店に行列が⁈ 土地の権力者とその娘にリディア嬢を追い出させるように仕向けたのではなかったのか⁈」
「それが、娘の方はお風呂とドライヤーに興味を示しているらしく……」
「まて、ドライヤーとは何なんだ⁉︎」
父上は誰かとリディアのことについて話しているようだった。父上は、まだリディアのことを気にかけているらしい。
父上がよく分からない話をしているので、俺は遠慮なく執務室に入り、ゴホンと咳払いをした。
「父上。お願いがあるのですが」
「ああ、セドリック。来ていたのか」
父上は俺を見ると、すぐに厳しい顔をした。
「あの男爵令嬢とは別れる決心はついたか?」
「そんなこと出来ません。俺は絶対にリディアとは結婚したくないし……」
「分かった。最悪、あの男爵令嬢を側妃にしてもよい」
「……!」
「しかし、リディア嬢との婚約は絶対条件だ。お前はリディア嬢と婚約し直せるように努力をしろ。以上だ」
それだけ言われて、俺は部屋から追い出されてしまった。
リディアとよりを戻す、か……。
「あいつの強気な態度が気に入らないんだよな」
しかし、リディアと婚約をし直せれば、愛する女性を側妃にしてもよいとの言質を取れた。
それならば、後はリディアと婚約をし直すだけである。
彼女が追いやられたユードレイス領は、魔物蔓延る極寒の地だと聞いている。王都の暮らしとはまるで違うから、リディアは今頃は苦しんでいるに違いない。
辺境の地なんてつまらないに決まってるから、そのうち「婚約者として王都に戻りたい」と俺に泣きついてくるだろう。
彼女の強気な性格と地味な青髪には心底うんざりしていたが……顔立ち自体は悪くはなかった。
欠点である強気な態度を矯正して、大人しくて謙虚な理想的な女になっていたら、受け入れてやってもいいかもしれない。
「リディアが王都に戻りたいと、俺に泣きついてくるまで待ってやるとするか」
この時の俺は、そう呑気に構えていた。
しかし、俺はまだ知らない。
彼女は自ら望んでユードレイス領に行ったこと。そして、彼女がユードレイス領で大成功を収めていることを。
それどころか、彼女の作ったドライヤーが売れ始め、やがて社交界にまで影響を持ち始めることを。
彼女の噂を聞きつけた俺が彼女を迎えに行くことを決断するのは、もう少し先の話である。
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