金ハ天下ノ回リ物

ばやし せいず

1話 P活


「「かんぱーい!」」


 寒空の下、私とクラスメイトの冨美子とみこはベンチに並んで座り、飲み物の入った缶をぶつけ合った。私はミルクティー、彼女はミルクココア。

 昼休みの中庭には私たち二人しかいない。当たり前だ。十二月の風が容赦なく吹きつけいる。

 けれど、そんなことはお構いなしだった。

 だって、私たちの左手には、大学の入学許可証と入学手続きの書類の入った封筒が握られている。


まい、合格おめでとー!」


 私のすぐ隣で冨美子がはしゃぐ。


「冨美子も、おめでと」


 彼女ほど喜びを表現できない私も、内心は嬉しかった。無事に都内の私大に籍を置くことができる。この片田舎とはオサラバだ。


「舞も一人暮らしするんでしょ? アパートは早めに探したほうがいいらしいよ? 良い部屋はすぐ埋まっちゃうって」

「あー、私は親にマンション買ってもらったから」

「出たー! 舞のお嬢発言~!」

「成金だけどな」


 さっきまで大喜びしていた冨美子はミルクココアの缶を置き、コンビニのサンドイッチの包装を解きながら「はあ」とため息をつく。


「大学が決まったのはいいけど、これから教室に居づらくなるなあ」

「しかたないじゃん。みんなまだ受験勉強してるし」

「でも、中庭は寒すぎるよー」


 私は膝の上でお弁当箱の蓋を開けた。詰められたおかずは見るからに手が込んでいる。オイシックスで取り寄せた食材を使い、うちの家政婦がせっせとこしらえたお弁当だ。おにぎりも添えられている。


「そーだ」


 冨美子がにやりと笑う。


 「ねえ、舞。これ絶対に秘密なんだけどさ、同中おなちゅうだった片倉リノハっていたじゃん? あの子、P活してるらしいよ!」


 私は隣に座っているクラスメイトを、唖然と見返した。


「パ、P活……?」


 北風に流されてきた落ち葉が私たちの足元に溜まる。


「そ。本番オトナもしてるっぽい。あの子とおっさんがホテル入ってくの見た友達がいるんだ」


 自分の右手からおにぎりが落ちそうになり、慌てて持ち直す。「おかか」と書かれた付箋が風に吹かれてどこかへとんでいった。


 ――P活をしてる?


 ――あの、片倉リノハが?


 頭にカッと血がのぼっていく。おにぎりを持つ手に、必要以上に力が入った。

 そして、


「ごほっ!」


 むせた。

 気管に侵入した米粒を勢いよく吐き出す。 

 富美子は「きったなー!」と爆笑しながら私の背中を強く叩いた。「きったなー!」と笑う彼女の口の端にも食べかすが付着している。


「もしかしたら、舞はもう知ってるのかなーって思ってたんだけどな。だって、片倉リノハとたまに絡んでたよね? まだ連絡とってんの?」


 私は呼吸を整え、ティッシュで口を拭いながら、「覚えてない。そんなやつ」と返した。

 富美子の手前、冷静を装ったけれど、まだはらわたが煮えくり返っていた。


 自分たちの教室へ戻ると、ほとんどの生徒が学校机にしがみついて受験勉強に励んでいた。

 殺気立つ教室に戻ってきてもまだ、私の腹の虫はおさまらない。


 ――同中おなちゅうだった片倉リノハっていたじゃん? あの子、P活してるらしいよ!


 今しがたの冨美子の言葉を思い返すと、「ふざけんなよ」と叫びたくなる。机を脚で蹴りたくなる。財布の中身を全て取り出して、窓からばら撒きたくなる。


 私はそのくらい、片倉リノハに怒り狂っていた。







「――リノハッ!!」


 地元の駅ビルの前に小さい人影を見つけ、怒鳴るように彼女の名を呼んだ。

 ダッフルコートに身を包む女の子が雑踏の中で振り返り、満面の笑みを見せる。


「舞ちゃあーん!」


 私を見つけた片倉リノハは腕を振り、小動物みたいに駆け寄ってきた。光る八重歯の先が、吐き出された白い息に隠れる。


「はい、舞ちゃん。これ、約束の五千円!」


 小さな手が握りしめる千円札五枚はしわくちゃだ。はした金を受け取る代わりに、私は彼女の冷え切った頬をぺちっと叩いた。


「え、ええー? なあに、急に……」


 リノハは頬に手を当て眉を八の字にするけれど、それでもニコニコしようとする。その態度が、私を余計に苛立たせた。


「それ、P活で稼いだ金だろ!」

「へっ?」


 かつての同級生は、黒目がちの目をぱちぱち瞬かせた。

 そして舌ったらずな声で、


「……バレちゃったのぉ?」


 と言って唇をむにゅっと突き出す。むかついたのでもう一発、ぺちんとやってやった。


「受け取れるか! そんな汚い金!」

「ご、ごめんねぇ~……!」


 リノハは笑う。 


 右目の下には、媚びを売るような泣きぼくろが一つ。





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