第14話



「そうじゃなくって、こほん。それもありますが、ここ数か月の間で多発している人さらいの件です」


 シンシアは顔をリアムに向けた。目が合ってリアムは前を向く。


「あの件なら、ならず者組織を弾圧してお終いじゃなかったですか」


「いえ、だとしても攫われた人の数が合わないんですよ」


「合わないなんてことは……、だって捜索届があった被害者は全員助かったと発表があったじゃないですか?」


「そうです、しかしあくまで住民たちには安心してもらうことが目的で事件の収束を発表しました。しかし捜索届が出ていない方たちの行方はまだ分からずじまいです」


「単なる人さらいってわけじゃないとしたら……まさか他国の拉致?」


「そうと決まったわけじゃありませんが、その可能性が高いです」


「レガシー中将はなんと?」


「中将にはこの件報告していません」


「どうして?」


「それに攫われたとされているまだ行方が分かっていない被害者は全員身寄りがない方たちで、目撃情報が解決した事件と比べて明らかに少ないのです。それに身寄りがないご老人や浮浪者の方ばかり狙っているのは偶然とは思えません」


「何が言いたいのですか?」


「もしかしたら軍内部に共犯者がいるかもしれないのです」


「それはいささか飛躍し過ぎでしょう。根拠はあるのですか?」


 リアムは運転しながら、のんびりした口調で言った。


「いえ、まだはっきりとしたことは分かりません」


「まぁ大佐の勘は昔からよくあたるから」


「いえ、私はリアムさんに助けてもらってばかりでしたから」


 シンシアはリアムを見つめていたが、リアムは一瞥もくれずに前だけを見ている。ドライブの目的はもうひとつあった。


 小川にかかる橋を越えて小高い丘の上には小さな教会がある。あぜ道にサイドカーを止めてエンジンを切る。その教会は先の大戦で戦死した全ての人の慰霊碑がある。今日は二人にとって大切な日だった。


「姉さん誕生日おめでとう」


 シンシアはカトレア・ルル・スティングの名前が彫られている場所に手を添えた。生きていれば二十九歳になっていた彼女は特別攻撃隊の一員でリアムの上官でもあった。


 手を合わせて少し丸くなったシンシアの背中を離れて見守っていると七十歳を過ぎたほどの男性が歩いてきた白髪頭であて布だらけの赤いシャツに、サスペンダーつきのズボンをはいていた。


「お参りですかな」


「えぇ、同胞に近況報告をしにきましてね」


「そうですか。私は息子に会いにきましてその帰りで」


 シンシアがこちらに気がつくと会釈をして笑った。


「お嬢さんも軍人さんですか? 驚いたこんなにかわいい軍人さんもいたのですね」


「可愛いだなんてそんな」


 自分の容姿を褒められてうれしそうにでも照れ隠しに軽く敬礼をするシンシアは年頃の女の子そのものであった。歩きながらシンシアが老人に訊ねる。


「おじいさんはもうお参りはすみましたか」


「ええ、もう帰るところです」


「でしたらお送りしますよ」


「すぐそこのウチなので、それに若者の逢い引きの邪魔はしませんよ……もし時間があるならどうですかなウチでのんびりしていきませんか」


 ――すぐそこねぇ。


 リアムはあたりを見渡した。木と草原と山しか見えない。確認をするために、シンシアに目配せする。しかしシンシアはすでにサイドカーの側車に老人を乗せていた。


「すみませんね~」


 シンシアはリアムの後ろのサドルに座っている。


「中佐」


 リアムが小声で聞くと、


「いいじゃないですか中尉。旅は道ずれ世は情けともいうでしょう」


 シンシアは笑いながら前に手をまわす。


「俺たちは軍人ですよ。旅人じゃなくて」


「気にしない。気にしない」


 年相応の可愛らしい笑顔でリアムの背中に顔をうずめた。


 ――いや俺が気にすんだわ。


 そう心で思ったが今さらどうにもならない。


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