第2話
デッサンが始まった。
軍の所有するポロイ士官学校および駐屯基地は自然の中にありひとつの都市がまるまる入ってしまうほどの敷地面積をほこる。
どっしりとしたレンガ造りの学び舎が四棟整列して、教官用の棟、飛行場、訓練場、運動場などなどが立ち並ぶ。軍事学校としても機能しているため生徒、役員を含めると千人を越える大所帯だ。この国では最大の軍事都市として存在し続けている。
青年の見ている世界はどこまでも続く草原と畑しかない。
「おっす英雄」
絵を描く青年が全体の下書きが完了し鉛筆を変えようとしたときだった。前方から白いシャツと薄い紺色のパンツを着て分厚い本を抱えた男が歩いてきた。
「チッ」
青年は顔を上げた。
やがて男は彼の前で立ち止まる。
「また下手な絵を描いているのかリアム」
不服にもそう話しかけられた青年、リアム・リングトンは顔を上げ中指を立てる。
「なぁ無視すんなよ」
男が何を描いているのだとスケッチブックを見ようものなら腰にぶら下がっているリボルバーで脳天をぶち抜きたい気分だった。男は苦笑いを浮かべた。
「おいおい、同期の桜に殺気を飛ばすなって」
「アイザック俺が自分の絵をコケにされるのがいやなのは知っているだろう」
殺意の赴くままに睨みつけるとアイザックはやれやれと呆れながら微笑み
「まあおちつけよこの本読んで頭を冷やせ」
リアムは手に取ると作者を確認した「べガルダ海の奇跡、著者アイザック・ロビンソン」
そして放り投げる。
「あぁっ! 何をするんだよぉ」
「お前が書いた小説など読んでたまるか」
アイザックは本を拾い上げると軽く肩をくすめてみせた。
「失礼なやつだなこの人気作家アイザック・ロビンソン先生に向かって……あれ? というかお前勤務中じゃないのか」
「そうだよ。休憩中」
「世界が平和になったら軍人は気楽なもんだよな中尉殿」
アイザックがおどけて言った。
「仮初めの平和をまにうけるなバカ者、それにいまの俺の任務は書類整理や軍事費の調整をする事務仕事だぞ、ちっとも気楽じゃない毎日が戦争だよ」
「毎日が戦争か……でも血で血を洗う戦争はもう終わったんだ、アンゴラ帝国と同盟締結を結んでから五年たつ。連邦国に奪われた俺たちの領土もいずれは全て返還される日がくるさ。すこし歩かないか」
差し出された右手をリアムは払った。
「お前の助けなどいらん」
立ち上がり背伸びをすると尻についた土を払う。
「ちょっとまてよ、リアム」
アイザックはすたこらと歩いていくリアムの背中を追った。
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