20 戦い、佳境

 止める間もなかった。


 魔力を帯びて淡く光った矢が、真っ直ぐに城壁の上を狙って飛んでいく。吸い込まれるようにして、矢が指揮官らしい、立派な鎧を纏った男の首を射抜いた。


 血が飛沫しぶき、男が倒れる。隊長ォ、と叫ぶ声が聞こえる。


「よし! この調子でどんどん指揮官を斃していけば――」

「馬鹿やめろ! 隠れろ!」


 敵の視線がこちらに向けられる。身を隠そうとしても遅い。


「――今の矢はどっちから飛んできた⁉」

「あの塔からだ! あの男弓を構えているぞ!」


(くそっ、敵の意識がこっちに向いた!)


 グレンロイは事の重大さを理解していないのだろう。矢を、そして魔導師たちには杖を向けられ、対抗するように弓を構え直している。

 馬鹿かこいつは‼ 


 グレンロイが矢を放つと同時に、向こうからも矢と、それから魔術による光の矢が飛んでくる。

 まずい。

 今ここでグレンロイを死なせるわけにはいかない。



「避けろ!」



 思い切り横から奴を突き飛ばし、咄嗟に顔を防御した右腕に激しい熱。

 追って痛みがやってくる。

 見れば、熱線を浴びた右腕が火傷で赤くなっていた。


「陛下!」


 痛みに顔を歪める。魔力で腕を覆っていなければ、腕が焼け落ちていたかもしれない。


「は……な、なん……」

 口調を気にする余裕はなかった。目の前で何が起こっているのかわかっていない様子の馬鹿に、鋭く怒声を浴びせる。


「――馬鹿かお前は! 自分から場所を知らせてどうする!」

「え、あ、」


「――待て、あの女は⁉」


 まずい、気づかれた。

 視線を集めたから隠蔽の効果が薄まったのだ。


「暗いが、間違いない。白金の髪……ディアナ・リュヌ=モントシャインだ!」

「情報の通り、本当に女王が……!」


(情報の通り⁉ やっぱりいるのか! 内通者が!)


「塔を狙え! あの場所は丸裸だ!」

「撃て! 直撃は避けろ! 女王は必ず、殺さず捕らえろ!」

「陛下ァ! お逃げをォ!」


 魔導師たちの杖が、兵士たちの矢が、今度は俺を向く。負傷した腕を押さえながら、立ち上がる。――いや駄目だ。わかってる。今逃げても間に合わない。結界を張る暇もない。

 やられる!



「【招く、聖なる光をソラリス】」

 


 刹那。

 灯りの魔術など比べ物にならない眩い光がその場を包んだ。


 俺は咄嗟に目を瞑ったが、目が眩んだ敵兵たちが悲鳴を上げるのが聞こえる。矢も攻撃魔術も飛んでこない。――塔の目の前に現れた障壁が、それを阻んだからだった。



「――無礼者! 我らが女王、月の神子に矢を向けるとは。この痴れ者ども!」



 空から、清冽な女性の怒声が響く。

 見上げれば、浮遊の魔術で宙に浮いた、法衣をまとう男女数十名。



(来てくれたか……!)


 殿が!



「――女王陛下。ご無事でいらっしゃいますか」

「枢機卿、巫女長アリアナ。来てくださったのですね」


 ほっと息を吐いた時、塔の上に三つの人影が現れた。

 中央神殿の最高権力者――枢機卿フェリス。そして先代聖女の側仕えで、今は巫女長を務めるアリアナ。そして、彼らに助力を乞うために派遣したアインハードだ。


「月の神子の求めとあれば致し方なし。しかし、前代未聞ですぞ。戦地に神官をまとめて派遣するなど」

「枢機卿猊下、そのようなことをおっしゃらずとも。我らの聖なる地が、他国の侵略によって穢されようとしていたのですから。それこそ、前代未聞の緊急事態というものです」

「それも、そうか。……無茶をなさいましたな」

「こちらの言葉です。無茶を呑んでくださり……感謝します」


 空中では、多くの神官や巫女たちが、攻撃魔術で敵たちを城壁から突き落とし、薙ぎ払っている。

 頭上で飛び交う高等魔術に、ただただ圧倒される。――さすがは中央神殿に仕える、月の女神の忠実なる僕(しもべ)。魔術の練度は騎士団の比じゃない。


「す、枢機卿……? 巫女長? へ、陛下、この方々はいったい」

「……私が陛下に請われて、援軍を願いに赴き、お連れしました。中央神殿から、司祭(プリースト)級以上の神官と巫女、総勢二百名強です」

「司祭級以上を二百⁉ な……なんてことだ」


 そう。

 実は中央神殿の神官や巫女たちは、国でも選りすぐりの魔術の使い手ばかりだ。


 王族から聖女が出た場合はそうではないが、それ以外の身分から聖女が出た場合、先代マルガレータ様のように神殿に籠もられることも少なくない。そのそばを守る神官や巫女たちは、その護衛も仕事のうちなのだ。――弱いはずがない。


「わたしはあまり立場が強い女王ではありませんから。玉璽がない状態で、わたしの要請に応えてくれる軍はないかもしれないと思ったの。……けれど、ルネ=クロシュへの敵の侵略を阻むという理由があれば、手を貸してくれるかもしれない方々に心当たりがあった」


 それが神殿の彼らだった。

 月の神子の立場を利用するのは気が引けたが、背に腹は代えられなかった。だから、アインハードに行ってもらい、助けを乞うたのだ。


(闇の神の子孫に、月の女神の神殿に行かせるのは色んな意味でどうかとは思ってたけど)


 なんとかなったらしいな。

 さすがは男主人公……いや。俺の切り札ジョーカーだ。


「あとは我らにお任せください」

「夜になる前に追い返してみせましょう」

「さすがです。……本当に……ありがとうございます。」

「なんの、構いません。美しき月の女神の土地を守るためですので」


 そう言い残し、二人は宵の明星が浮かぶ空へと飛翔していく。

 俺はその二人の後ろ姿を見送り、そして、壁に背を付けてその場に座り込んだ。

 ドレスの裾が汚れるかも、と一瞬思ったが、そもそも塔上部が吹き飛んだあの衝撃で、全身煤塗れなのだ、既に。


「陛下」

「イーノ……。ご苦労様でした。ありがとう、あなたのおかげでここは」



「この傷はどうされましたか」



 こちらの感謝の言葉を遮って問われ、その声の冷たさに嫌でも悟らされる。

 あっ……やべえ。めっちゃ怒ってる。

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