19 攻城兵器

「いいえ、まだここにいます。疲れていないと言えば嘘になるかもしれないけれど、敵がここにいる間は、出来る限り魔術を維持しなければいけないし」

「陛下……どうかご無理をなさらず」

「全くです。お怪我でもなさったら、困るのは我らなんですよ」

「グレンロイ! 無礼が過ぎるぞ」

「……構わないわ。間違ってはいないのだし」

「陛下……」


 こいつはここに来てさっぱり役に立っていないからな。さっきからイライラしているのはわかっていた。

どうにも戦場に女は来るなというタイプのようだが、それよりも自分が目立てず、しかも俺が目立っているから腹立たしいのだろう。さっきから引っ込め引っ込めと横から鬱陶しい。これでも年上だというのだからなんとも情けない。父親は性悪だがまだ有能だぞ。


「間違ってはいない、ではなく、私が正しいはずです。ですからあなたが城に戻るか、もしくは私にも戦場に出る許可をいただきたい」

「まともな二択になっていないわ。わたしが城に戻るなら今のあなたも一緒に戻るのよ」

「何故です⁉ それほどに私を立てるのがお嫌か!」

「何故って……」


 お前俺の護衛なんじゃないのか。

 つうかなんで俺がお前を立てなきゃならないのだ。


 助けを求めるように子爵を見ると、疲れたような目をしていた。……ヴェロン子爵は辺境の貴族らしくおおらかで、礼に疎いところがあるものの、根本的なところではまともな人間なので、グレンロイに手を焼いているのが伝わってくる。


 深い溜息をつきかけた時、物凄い勢いで、吹き抜けになってしまった塔に駆けのぼってくる兵がいた。


「報告、報告! 敵が何やら……おかしなものを持ち出しました!」

「おかしなもの?」


 もう、ほとんど陽が沈でいるので、報告に来た兵の顔は見えない。しかし、焦っていることは伝わってきた。


「兵器、ということか? 詳細を伝えよ」

「それが、辺りが暗くなってきて、全貌があまりわからず……灯りの魔術で照らしたところ、なんとか、塔のようなものだとは。城壁に届きうる高さとのことで」

「塔? どうしてそんなものが突然現れたのだ?」


 ……いや。違う。

 突然現れたわけじゃない。恐らく、夕闇に紛れて運んでいたのだ。


 ということはその『塔』とやらは移動式。

 そうなると、考えられるのは――。


攻城塔ベルフリーか……!)


 だとしたらまずい。辺りが完全に闇に沈む前に、片を付ける気かもしれない。

 俺は子爵を振り返った。


「子爵! すぐさまその塔を燃やし、破壊するように騎士たちに伝えなさい! その塔からは、こちらの城壁に人が乗り込めるようになって――」



 ――ぎゃああっ! なんだ⁉ 中から人が!



 俺の言葉を遮るようなタイミングで、こちらの兵の中から悲鳴が上がった。


 まずい、もう乗り込まれたか。くそ、こんな、兵士たちが疲弊したタイミングで。


 さらに次の瞬間、眩い光で城壁上が照らされた。

 敵魔導師が城壁上に上がってきているようで、魔術で辺りを照らしているのだ。


「あれは……塔⁉ いや、櫓、か……?」

「……ええ。移動式の櫓よ。多くの兵士を中にのせ、城壁に板を渡して、その兵士らを城内に乗り込ませるためのもの。こちらが戸惑っているうちに橋を渡されたのね。これからどんどん敵兵が乗り込んでくるはず……」


 また、最上階に配置した射手により城壁上の敵を制圧するための兵器でもある。

 実際、下からは届かなかった矢が、いくつか飛んできた。攻城塔最上階から、城壁上の兵に向けて放った流れ矢ものだろう。


「ま、まさか。そんな……雲梯や縄梯子だけではなかったのか」


(それは同意だ。まさか攻城塔ベルフリーまで持ち出してくるとは……)


 前世で世界史をかじったから少し覚えている。攻城塔は古代に発明されて以降中世・近世まで使われていた攻城兵器だ。


 ノヴァ=ゼムリヤは大砲を作る技術も発展しているようだが、魔術を使う人間が多いと、単体で大砲を破壊できる者も多いということになるので、人を城壁の上に送り込む攻城兵器も発達したのだろう。城壁の上では攻撃魔術はそうそう使えない。味方を巻き込むからだ。

 ルネ=クロシュには、こういった攻城兵器はほぼない。魔術の使い手が多いこの国では、城攻めの際は浮遊の魔術を使えばいいという発想になるからだ。だから、他国の城壁には対空砲が多くあると聞く。


(いや、そもそもうちの国が戦争慣れしてないだけかもしれないが……)


 魔国聖女物語でも、軍や騎士団の設定はわりかしあやふやだった。俺も軍備にはあまり詳しくない。……改めて勉強することが多すぎて頭痛がしてきたな。


「まずい……押されています!」

「しかも司令部(こちら)が光で照らされて……! 陛下、隠れてください。もしあなたがここにいると相手に露見すれば、よい的です!」

「え、ええ。大丈夫、隠蔽の魔術はまだ効果があるし、よほど注目されなければ気づかれないはず……」


 それよりも、まずい。本当に押し込まれている。

 このままだと、すぐに階段にたどり着かれて、内側から門を開けられてしまう。そうなれば、リェミーの中に敵が雪崩れ込んでくることになる。


(急げ、アインハード……!)


 いくら瞬間移動で移動時間を短縮できるからと言って、交渉がそう簡単にはいかないことくらいはわかっている。だが――。


「くそっ、このままじゃ負けるじゃないか! こうなったら……」


 すると突然、グレンロイが叫び、前に出た。弓を構え、矢を番えている。

 その矢じりには、魔力が込められているようだ。


「グレンロイ⁉ 何を……」



「くらえ!」



「バッ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る