18 一日目の終わり
対城壁破壊を目的に作られた兵器。うちにも大砲はあるが、そんなものはない。兵士たちも見慣れない兵器を前に焦るだろう。
「なんて威力だ……ただの火砲じゃなくて魔術砲か?」
「そんなもの、聞いたことがない! 我らの魔術で対抗できるのか⁉」
「……まずい」子爵が低く呟く。「このままでは……リェミーの国門が破壊されてしまう」
「そんな! 従兄弟叔父殿、どうにかならないのですか」
顔色を変えて子爵に縋るグレンロイを横目に、俺はバルコニーから身を乗り出した。陛下、危のうございますと叫ぶ声を黙殺し、穴から覗く攻城砲をよく見る。
……だめだ、兵器に詳しくはない俺にはよくわからない。ただの大砲ならまだしも、あんなに大きな攻城砲の攻撃に攻撃魔術で対抗できるのか?
「――城主! 上です!」
「⁉」
焦った兵士の声に、子爵とグレンロイもあわててバルコニーに出てきて、上を見上げた。
するとそこには――まさに塔の頭上(こちら)に飛来せんとする攻城砲の弾が。
「なんッ……」
(射角を調整して壁を超えるようにしたのか! この短時間で!)
「うわあああ!」
「落ちるぞ! 塔から離れろ!」
逃げるか?
いや、だめだ。間に合わない。
結界を張るか?
いや、無理だ。おざなりに張った障壁では、この高さから落ちてくる弾を防げない。
なら。
(撃ち落とすしかない!)
できるかできないかは関係ない。やらなきゃ死ぬ。だからやる。俺はここで死ぬわけにはいかないのだ。
手に魔力を込めて、爆裂の魔術を構築していく。
そしてバルコニーから身を乗り出し狙いを定め――銃の形にして構えた手から、魔術を撃ち出す!
(――【炸裂(バースト)】!)
指から赤い光線が放たれ、一瞬のうちに弾を包むように覆って、また光った。
俺はなりふり構わず叫ぶ。
「皆、頭を庇って伏せろ!」
弾かれるように、子爵も、グレンロイも、兵たちも、その場に伏せる。そして。
――ドオ……ン
爆音、爆風。
背中を襲う熱い風に歯を食いしばる。ようやく音がなくなって、ゆっくりと起き上がると、塔はあちこちが傷つき、さらには上部が吹き飛んで吹きさらしになっていた。
足元は――なんとか崩れていない。塔下部や、兵士たちに目立った損傷はなさそうだ。
「皆無事ですか!」
「へ……陛下! こんなところにおられたのですか⁉」
「ま……まさか、今のはあなた様が」
「――今のを見たでしょう! この弾は魔術で撃ち落とせる! しかも城壁を狙う弾なら、高低差もあるのでなおさら撃ち落とすのは難しくないはず!」
「それに少しだけれど、次弾を装填するまでには時間がかかります。その間に魔術で総攻撃を仕掛け、砲台自体を破壊しなさい!」
叫び、今度は、身体強化・俊敏性上昇の魔術(バフ)を味方に掛ける。多少、魔力の消費はあるが、まだ問題ない。
「おお」
「これは……身体が軽い」
兵士たちが顔を見合わせる。
城壁の上にいた騎士たちが、軽く頷き合う。
「大丈夫、あなたたちの後ろにはわたしがいる。存分に戦いなさい!」
「――オオ‼」
俺の檄に、兵士たちが気を吐く。
……そうだ、ここはルネ=クロシュ。
*
敵の攻撃の手は、辺りが夕闇に沈んでも、なかなか衰えなかった。
普通は、夜間の攻撃は控えるものだと聞く。寝ずにいると次の日に響くし、敵味方の区別がつきにくくなるからだ。
常では日が暮れ始めれば退がっていくというのに、日が沈みかけていても、今日の兵はなかなかにしつこく、なかなか退こうとしない。
(預けてもらった魔力も、そろそろ尽きる……)
俺自身の魔力もないわけではないが、そもそも、効果が消えては掛け消えては掛けを繰り返した、兵全体にかける魔術(バフ)は、俺の素の魔力では一発ですら危うい。
兵にも疲れが見えてきて、死傷者も多い。俺の治癒魔術では追いつかない。
(とはいえ、こちらも士気は高い。向こうもただでは済んでいないだろうし、完全に削り合いだな……)
攻城戦にはそもそも、兵力差が必要だと言われている。もちろん、攻める側が多くなければならないということだ。三千が奮戦したら、一万でもなかなか厳しいはず。それに、あの攻撃の後、こちらの騎士が数人がかりで攻撃魔術の雨を降らせ、攻城砲を無効化した。以降、彼らは大砲をあまり使ってこなくなった。
けれども、削り合いとなればこちらが不利だ。
向こうに食料や人の補給があるのかどうかはわからない。調べる暇もなかったし、間諜を放つにも用意する時間がなかった。そのため、一方的に襲われている状態で――だからこそ、この状態が続けば数が少ないこちらが先に力尽きる。
泥試合を終わらせるためには――。
「陛下」
「ヴェロン子爵。どう、まだ敵は退かないかしら」
「はい。ただ、まだこちら側に降りる階段は死守していると」
ヴェロン子爵の疲れた横顔が、西日に照らされている。そろそろ、本当に陽が沈む。
「そう……皆、奮戦してくれているのね」
「陛下もずっと魔術で皆を援護してくださっていたでしょう。お休みにならなくては……。お顔の色があまり優れません。城に戻って、睡眠をお取りになってください」
「……そうかしら」
だが、一応俺は、今日一日で兵の士気の要となった。
向こうが退却していないうちに城に下がるわけにもいかない。
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