14 途方もない道行き
「陛下……ですが……」
「安心してください。前線に出るつもりはありません。必要な時だけ、戦うだけよ。……それにわたしは聖女です。そうそう他人に後れは取りません」
俺が剣術を使うことはほとんど知られていないことだが、まあ、それなりに訓練も積んでるんだ。いざ戦うことになったとしてもなんとかなるだろう。
「夜に攻撃はないでしょう。明日から動きがあるかもしれないので、休むか、明日の朝民に発信する避難勧告の準備をした方がよさそうね」
「……わかりました。そのように」
子爵が下がっていく。
グレンロイは不満顔を隠そうとしなかったが、従兄弟叔父に従って出ていった。
二人が去っていったのを確認し、アインハードがやれやれとばかりに呟いた。
「……本気で残るおつもりですか。言い方は腹立たしいですが、グレンロイ・ロゼーの言っていることは間違っていませんよ」
「ここで逃げる訳にはいかない。たしかに王の振る舞いとしては正しいかもしれないが、逃げの姿勢は、今の俺が一番見せてはいけないものだろ」
「それはそうですが。帰還しなければ帰還しないであとから文句を言う人間も出ますよ」
「女王としての自覚が足りないと? そうだろうな。だが逃げたら逃げたで『やっぱり使えない女王』『一人だけ逃げた女王』となる。要はどっちのリスクを取るかだ」
今の俺では何をしても誰かの反発を招くのだ。なら、背を向けることはしたくない。
「それに、お前が助けてくれるんだろ」
「……それは……そうですが。ですが、あなたは自ら危険に飛び込む癖があるでしょう」
「シュルツハルトでのゼーゲマンバの時みたいにか。安心しろ、そう無茶はしないつもりでいる」
アインハードは口元を引き結んでいる。信用ならないという顔だ。
「……兵力差は七千でしたか」
「ああ。その気になれば、お前一人で蹴散らせるかもな」
「条件によればあるいは」
「だろうな。だが俺は、お前の力をこの戦いで無闇に振るうつもりはない。いや、どの戦いでも、お前を利用するのは、あまりしたくない」
「……どういう意味です。俺はあなたの護衛なのだからそれに徹しろと、そういうことですか。それなら、」
「――それもある」
が、それだけじゃない。
アインハードは魔国の太子だ。今は故あって俺の懐刀でいてくれているが、本来、この国の都合で振り回していい存在じゃないのだ。
アインハードは頼りになる。だが頼り切りになってはいけない。俺の真の意味での共犯者はシャルロットだけ。それを忘れるわけにはいかないのだ。
「まあ、深い意味はないよ。お前はいつも通り、必要な時に俺を助けてくれ。信用してるぞ」
「……、御意」
アインハードが頭を下げる。言いたいことがいろいろありそうな顔だったが、俺はあえて黙殺して続けた。
「それなら、悪いが、至急一つ頼まれてほしいことがある」
「……なんです?」
「王都からの援軍は時間がかかりすぎる、近隣の都市の兵力には頼れない。だが、この兵力差でどうにか向こうさんにお帰り願うしかない。……かなりまずい状況だが、この状況をひっくり返すための当てが一つだけあってな」
俺は少し前に認めた一通の封書をアインハードに渡した。女王の直筆ではあるが
「――これを指定の場所に届けてくれ。とりあえずリェミー開城を避けるためにはこれしかないんだ」
「……お待ちください」受け取った封書を見下ろしたアインハードが、険しい表情になる。「俺にこれを届けよと? ということは、俺がこれを届けに行っている間、あなたの身は誰が守るんです」
「自分の身くらい自分で守れる。危ない場所に行くつもりもないしな」
「ディアナ様!」
アインハードが声を荒げるのを聞いて、俺はかぶりを振った。
「……ここにはお前以外に
「そうじゃない。万一のことがあった時どうするのかと聞いているんです」
「俺はお前に守ってくれとは言ってない。助けてくれと言ったんだ」
「詭弁だ!」
「それでもだ」
アインハードしかいない。だから頼むのだ。
「お前が俺に死なれては困る立場なのはよくわかっているつもりだ。迷惑をかけてばかりで悪いが、来るべき時が来たら、きちんと借りは返す。安心しろ、そうやすやすとやられるつもりはない。借りっぱなしで放置するほど品性は死んでないよ」
「……、……俺は、そういう話をしているのではありません」
ひどく――悔しそうな表情で、アインハードは低く呟いた。
なぜ、そんな悔しそうな顔をするのかが、よくわからなかった。俺の勝手に怒るというよりは、何かが伝わらずに悔しい思いをしている、そんな表情だったからだ。
だが、それでも俺は首を横に振った。
「承服してくれ」
「……、わかりました。ではせめて魔力をお渡しさせてください。いざという時、俺の力を使って身を守れるように」
「いや、でも、それは……。俺はこれ以上お前に借りを作るつもりは――」
言い掛けた瞬間、腕を掴まれた。それほど強く手を引かれたわけでもないのにあっけなく体勢を崩され、引き寄せられる。
その体術に驚く間もなく、唇を通して魔力が流れ込んできた。
(なんッ……⁉)
面食らって離れようともがくと、ややあってから身体が離される。一、二度せき込んでから、俺は護衛騎士を睨み上げた。
「……お前、『女王の繊手に許可も得ず触れようとするとは何事か』みたいなこと、言ってなかったか?」
「一緒にしないでいただきたい。あなたが至急と仰るからこうしたまでです。一番これが手っ取り早いでしょう。……それに、シャルロット殿下ともそうされているのではないのですか」
口元を拭うと、冷ややかな声でそう返ってきた。図星だ。言葉に詰まる。
「それから、借りだのなんだのと仰っていましたが。こういう言い方をすればご納得いただけますか。――あなたが怪我でもして、俺の仕事にケチをつけられては、そちらの方が困るんですよ」
「……それは……そうだな。悪かった」
本当に、迷惑ばかりかける。
もしもアーダルベルトが生きていれば、アインハードもこんな浅慮な王じゃなく、聡明な国王と友誼を結べたかもしれないのに。
「……」
アインハードは何か後悔するように少し眉を下げ、ややあってから「もう行きます」と言った。
「もうか? 夜だぞ。明日の朝でも」
「至急なのでしょう。実際早い方がいい。なんとか無理を通します。では」
そう言って背を向けると、彼は呪文もなくその姿を掻き消した。――無言での高等魔術の行使。相も変わらず別格だ。
この別格の男が、まだ敵わぬと恐れる男。それが、父魔王か。
(……本当に、途方もない。俺の道も、アインハードの道も)
俺は目を閉じた。――さあ、明日は朝から忙しくなりそうだ。
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