13 武威を見せる機会

 子爵が何かを言おうとしたその時だった。

 特に入室の許可を得ることもなく、入ってきた者がいた――グレンロイだ。


「グレンロイ、無礼は……」

「これは失礼を、従兄弟叔父殿、陛下。

 ……それでさっきの話の続きですが、陛下はただ我らに任せて、落ち着かれて構えていらっしゃればよろしい。何事も、臣下の我々が万事うまく運びますゆえ」


(……なんだと?)


 こちらを侮るような物言いに眉を寄せると、背後で、アインハードが剣に触れた音がした。後ろから漂ってくる冷たい殺気。

 アインハードが怒ってくれているという事実に、幾分か気持ちが落ち着いてくる。


「……今まさに我が国が攻め入られようとしているのに、わたしだけ王都に帰り、鷹揚と構えていろと?」

「はい、いいえ、今回の件だけでなく、何事においても、です。陛下は月の神子であられるのだから、玉座についているだけで国は守られるのですから」

「……」


 バカを言え、と思った。


 ……いや、あるいは、こいつの言うことは正しいのかもしれない。俺は女王だ。この身を損なうわけにはいかないのだから、とっとと王都に帰れ、というのは正論だ。


 だが俺は真に聖女ではない。

 だから玉座に在るだけで国は守られやしない。

 強くあらねばならない。強く見せねばならないのだ。


「リェミーは我らが守る。陛下はお早くのご帰還を」


 グレンロイはいたわるような、同時にバカにするような声で言う。


 ――いいやダメだ。ここで抜け抜けと帰れば、国民の目にも、きっと貴族の目にも、俺は尻尾を巻いて逃げた薄弱の女王に見えてしまう。

 国王なのだから身の安全を第一とせよというのは正しいけれども――危険を冒してでも、ここは引けない。

 これは武威と誇りを示す好機でもある。


「……子爵。リェミーの兵の数はどの程度ですか」

「陛下……」

「答えてください」

「さ……三千程度です」

「そう……」


 死んだところで、王としての俺は代替可能だし、ちゃんと聖女もいるのだ。無茶をして文句を言われる筋合いはない――どうせ俺がいようが居なかろうが政治は進むのが現状だ。

 なら、変えるチャンスは掴まなければ。


「城壁前の攻防になりそうだけれど、それなりに兵力差があるわね。王都や近隣の城から兵を借りることは……」

「リェミー近隣の都市はそこまで兵を持っているわけではありません。王都へは馬を走らせて三日ほど。軍を動かしてこちらに来るとなると……」

「時間がかかりすぎる……ということね」


 そもそも璽はここにないので、女王の命令ということで無理やり禁軍を動かすことは出来ない。そもそも現状、軍務大臣と麾下の騎士団長が、きちんと俺の求めに応じて迅速に軍を動かしてくれるとはあまり思えない。もたもたと軍を差し向けた結果、手遅れになっていてもおかしくはない。


「……とはいえ王都に知らせるのは早くした方がよさそうね。今は国境警備隊しか来ていなくても、いつ正規軍が来るかわからないのだし……」


 そもそも、今回の攻撃はなんのためのものなのだろう。平和ボケした都市の国門攻めには一万で足りようが、ルネ=クロシュ全土を占領するとなると足りないところではない。そもそも国境警備隊は戦争のための軍じゃない。

 この文も正式な宣戦布告ではないし、リェミー城主個人に向けているようにも読める。国を挙げて戦争をする気なのか、そうでないのか。


「……とにかく門近くのリェミーの民には避難をしてもらいましょう」

「戦争に慣れていないこの近辺の民は、緊急事態というものがなかなか飲み込めないかもしれません……そう円滑に避難が進むかどうか……」

「必要であればわたしが呼びかけます。女王の言葉なら、少しは現実味を帯びるかもしれないわ」

「それはそうでしょうが……まさか陛下、王都に戻られぬおつもりですか!?」


 目を見開いた子爵がこちらを見る。グレンロイが眉を寄せたのがわかった。


「そのつもりです」

「そんな、危険です。御身に何かあったら……」

「危険は理解しています。けれど、リェミーが抜かれれば、多くの人間が危険に晒されるかもしれない……。援軍は期待できない、ならば一万対三千で向こうを追い返さなければならない。――女王の存在は兵の士気を上げるはず。わたしがここにいれば、月の神子の加護があると言えるからです」


 それに、と言葉を継いだ。


「わたしがリェミーを訪れた時を狙ったかのような襲撃。……気になりませんか?」

「それは……」

「ただの偶然ならばそれでよし。……けれどもし、本当にわたしの命狙っての襲撃だとしたのなら、わたしが祭の視察をすると知っている誰かが、ノヴァ=ゼムリヤに情報を流したということになります」


 視察のことを事前に知っていたのは王都の貴族の一部、それから城主である子爵一族、グレンロイとロゼー侯爵。内通者がいる可能性は捨て切れない。あるいは命を狙われたと勘づいた俺が、泡を食って王都に戻るところまで狙っていた可能性も無きにしも非ずだ。


「この襲撃が何を狙っているのか、内通者はいるのか。この目で見極めないうちにおめおめと帰還することはできません」

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