12 隣国の国境警備隊




 奉納剣舞の時点で既に日が沈みかけていたので、城に戻って報告を待つ間にすっかり辺りは暗くなっていた。

 あの轟音の意味は既にわかっている。――あれは魔法攻撃。

 問題は、どこの者がどうして攻撃をしてきたのかということだ。


 子爵と、城主の執務室でじっと待っていると、ようやく伝者らしき兵士が報告にやってきた。


「例の音の正体がわかりました! 中距離魔術攻撃が地面に着弾した時の音だろうとのこと!」

「なんだとっ?」

「……」


 やはり、そうだったんだな。

 間違いだったらどんなによかったかと思っていたが――。


「攻撃を放ったのはどこの者だ」


 淡々と尋ねたアインハードに、短くハッ、と応えた兵士は、深く頭を下げて言う。「――その。それが……」


「なんだ」

「と……東国ノヴァ=ゼムリヤの国境警備隊のようなのです」

「国境警備隊……?」


 たしかにリェミーの東の国門を越えた先にあるのは、ノヴァ=ゼムリヤ皇国の領土だ。正確には街道を少し行った先に国境線があり、そこで国境警備隊による検問がある。


「数は?」

「一万弱と。ただ、魔導師もそれなりにいるようです」

「一万だと!? 軍の規模じゃないか!」


 ヴェロン子爵が素っ頓狂な声を上げる。たしかに、一万となると、将校ではなく将軍以上が率いる軍隊と言える規模だ。

 背筋が寒くなった。――間違いない。隣国ノヴァ=ゼムリヤはこの国を侵攻めようとしている。 


「けれど、なんでここまで接近されて誰も攻撃に気が付かなかったんでしょう?」


 一万となると、それなりの数だ。哨戒任務に就いているリェミーの騎士か兵士かが気づきそうなものだが。


「申し訳ございません。祭の関係で、騎士や兵士はそちらの警備で手一杯となっておりまして、哨戒に数を割けていませんでした」

「……祭の警備。そう」


 呟いて、奥歯を噛む。

 たかがといってはなんだが、一都市の祭でそんなに警備を厳しくしなければならなかった理由は一つしかない。女王おれが来るからだ。


(当てこすりのつもりか?)


 焦りからか、マイナスの考えばかり浮かぶ。……上手くいかない政治、エウラリアの死と犯行声明文、狙ったようなタイミングでの侵攻。全て、俺は女王に相応しくないのだと言っているかのようで、悔しい。


(……確かに、俺は国民を偽っている)


 俺は真に聖女ではない。月の神子どころか、本来ならば彼女に殺される役どころの悪女。

 それでもシャルロットと二人で始めた舞台だからと、今でも道化を演じているのに。


 ――ダメなのか。俺では、やっぱり。器が足りないのか?



「報告!」


 俯いたその瞬間、次の伝令が中に飛び込んでくる。手には白い鳥。魔術で声を封じた伝達用の鳥だとすぐにわかった。


「陛下、城主! こちら外の軍勢からの文となります」

「聞こう」


 伝令が差し出した鳥が、城主の手の甲に乗ったかと思うと、さっそくとばかりに歌い出す。


 

『度重ナル国境侵犯ノ件、再三ノ要求ニモカカワラズリェミー城主カラノ返答ナシ。ノヴァ=ゼムリヤハコレヲ攻撃ト見ナシ、回答ヲ求メ、武力ヲモッテシテリェミーニ入ル』


 

「……国境侵犯?」


 そんなもの聞いていない。

 思わず目を向けると、子爵は心当たりがないと言いたげに首を横に振った。


「我らはそんな、国境侵犯などと……考えられるとすれば……」

「なんです」

「罪人が時折、ノヴァ=ゼムリヤの方に逃げようとする時がありまして。複数の兵が追い、国境近くまで逃げられると、そこで騒ぎの中うっかり国境を越えてしまったという話くらいです。最近もございましたね。

 ただ、そういうことが起きるのは数年に一度という程度ですし、類似の『国境侵犯』であれば向こう側も犯したことがあります。些細なことは問題にしないという暗黙の了解があり……」

「けれども明確な決まりはないから、それを利用されたというわけですね」


 アインハードの鋭い突っ込みに、子爵が面目なさそうな顔になる。「その通りでございます」

 おそらく、そもそも戦争を仕掛けられるような状態になることを想定してなかったんだろう。ルネ=クロシュとノヴァ=ゼムリヤが争えば、オプスターニスが得をするだけで――実際ここ百年以上、ノヴァ=ゼムリヤとは戦争になっていない。


「この再三の要求というのは?」

「そちらは本当に心当たりがございません」

「……そう……」


 言った言わない問題に発展させ、そのあたりもうやむやにする気か。舐めてくれるもんだ。


「一応、正規軍ではないみたいだけれど……」

「入って来ようとするなら交戦するしかない。そして交戦すればそのまま戦争になりますね」

 先方に話し合いをする気がないのは、突然の魔術攻撃から明らかだ。宣戦布告と見なされて構わないからこそ、あの攻撃をしたのだから。


 

「……そんなに新王わたしの治世は軽く見られているのかしら」



 ――思わず、口に出してしまった言葉。

 自分で、吐き出した言葉にはっとする。アインハードが「陛下」と窘める言葉を発しようとしたのがわかったので、手で制した。


 ……自分が一番わかっている。口に出してしまった瞬間、やってしまったと後悔した。

 弱みを見せてはいけない者の前で弱音を吐いてしまった。


(迂闊な……)


 自分の弱さに辟易する。


「……大丈夫。これから頼りがいのある女王だと思っていただけるように尽力するだけです」

「陛下、」



「――何。陛下がそうお気を張る必要はございませんよ」


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