11 狼煙

「きゃああああっ」

「なッ……」

「すごい音だ……! 地震か⁉」


 見物客がどよめき、悲鳴を上げる。アインハードが俺を庇うように前に立ち剣を構える。


 地震――いや、それにしては初期微動がなかったし、震源地にしては揺れも強くないし、長く続いていない。

 なら爆発か? いや、だが煙は見えない。


「陛下、下がってください」

「大丈夫。――【拡張せよレイズ】!」


 ……まずは、先にこの場を鎮めなくては。このままでは不安が周囲に伝播して、パニックになりかねない。そうなるとこの先夜になった町に混乱が広がる。

 拡声の魔術を使い、俺は見物席全体に声を届けることにした。



「落ち着いて、皆さん。大丈夫よ、地震ではないし、爆発でもないはず。今この場で危ないことがおきたわけでもないわ。皆、パニックになってはいけません」



「あっ、女王陛下……」

「女王様のお声だ」


 ざわめきが一旦止まり、見物客がこちらを見る。――まずは耳を傾けてもらえたことに安堵した。


「――安心して。今の揺れと音はすぐに調べさせます。何も心配することはありませんし、何より、何か問題があればわたしが国民たる皆さんを守ります」


「女王様……」

「……そうか。そうだよな。確かに爆発の煙とかも見えないし、危ないことじゃない、か」

「爆竹で建物を壊して、工事をしてる場所があるとか?」

「女王様の言う通り、まずは落ち着いて、奉納剣舞を無事に終わらせるのが先決かも」


 見物客が顔を見合わせ、くちぐちに言う。

 少しずつだが混乱の波が引いてるのがわかって――ほっとする。皆、とりあえずは落ち着いてくれたみたいだ。

 グレンロイや音楽家たちも躊躇いつつ奉納剣舞を仕切り直し始める。リェミーにとっては奉納舞は神事であり、伝統であり、そして街の目玉だ。のことではやめられないのだろう。


「子爵。急ぎ調査を。あくまで直感だけれど、ただの事故とは思えないの」

「聖女の直感ですか……無視などできようはずもない。すぐに調べてみます」


 ウッ、と思いつつも、なんとか「お願いするわ」と答える。するとすぐに子爵が天幕から離れ、部下にあれこれと指示を出し始めた。

 俺は後ろに立つアインハードを振り返り、小声で尋ねる。


「――今の時点で何かわかるか」

「ええ、既に探知の魔術を使いましたが……」

「なんだ」


 アインハードの赤い目が細められる。

 そして、言う。「――今のは魔術攻撃です」


(なんだって……!?)


「城門の外に軍勢が来ています。まだ距離はありますが、そろそろ到着するでしょう」

「な、ちょ……」

 

 ちょっと待て。どういうことだ。

 まさか国内から攻撃を受けるとは思えない。軍勢を差し向けられることも有り得ない。一応統帥権は女王(おれ)に属しているし、隣の領地とリェミーとの間に武力衝突が起きるような諍いがあるとも聞いていない。


 なら。


(まさか……他国から!?)


 思わず、立ち上がる。そして、陛下、お待ちください、と呼ぶ声を無視して慌てて天幕から飛び出した。剣舞がまさに終盤であるためか、見物客が俺の動きにあまり注目していないのがありがたい。


 ……確か音がしたのは東の方だったな。ということは。



「攻撃を仕掛けてきたのはノヴァ=ゼムリヤか……!」



 呟いて、拳を握り込む。


 ……なぜだ。おかしい。

 隣国であるノヴァ=ゼムリヤは確かに友好国というわけではないが、二国間の仲は、特段悪いというわけでもない。少なくとも戦争状態になるような国ではないはず。


 しかも新女王就任直後に侵攻開始だと? 冗談じゃない。

 これではまるで――。


「さっきのは魔導師十数人がかりで発動する中距離魔術攻撃でしょう。城門の近くに当たったのだと思います――ほら、陛下。天幕へお戻りを」

「中距離魔術攻撃……」

「それにしても妙ですね。ここでノヴァ=ゼムリヤとルネ=クロシュが戦争となれば二国とも弱体化して、二国の北方に位置するオプスターニスが漁夫の利を得ることになりかねない。魔国が大陸全土を飲み込むことになりますよ」


 そうだ。

 この星最大の大陸は、北方のオプスターニス、南西のルネ=クロシュ、南東のノヴァ=ゼムリヤの三国で分け合っている状態だ。迂闊に戦争になれば、魔国の漁夫の利になることくらい、ノヴァ=ゼムリヤもわかりそうなものだ。


「本国から何か聞いてないのか?」

「いいえ、聞いていません。契約に誓って嘘は申しませんよ。ただ、ノヴァ=ゼムリヤに接しているのはですので……」

「……そういうことか」


 東は魔王の直轄領。

 アインハードが把握していないところで二国が裏で繋がっていてもおかしくはない、か。


 そこまで考えた時、笛の音がひときわ大きく鳴った。拍手が巻き起こる。――剣舞が終わったのだ。

 少し前までは不安そうな顔をしていたグレンロイとその相方も、今は無事に剣舞を終えられたことを喜んでいる様子だった。


 ――子爵の調査報告がまだだ。民には何も言えない。


 俺は予定していた通り、祭の締めのために女王として言葉を述べ、それを終えたら急いでその場を辞した。素っ気なさすぎる態度だったろうが、何が起こっているのか分からないなら、早く情報の得られる場所に行き、そこで対処を考えなければならない。


「急ぎ城へ向かいなさい」

「はっ」


 馬車が走り出す。

 ――とんだ視察になりそうだ。


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