第53話─魔戒王がやって来た!

 街の外でミサキが戦っていた頃、ユウはシャーロットと共にガンドラズルの街を散歩していた。そのうちミサキが戻ってくるだろうと、のほほんと楽観視していたのだ。


 もし何かあったならミサキがマジンフォンで連絡してくるだろう、という考えもありとりあえず散策することにしたらしい。


 なお、現在チェルシーとブリギットは二日酔いが解消されたため酒場をはしごして飲み行脚している。懲りない連中であった。


『流石、パラディオンギルドの本部があるだけあって広いですねこの街は』


「ええ、一日じゃ回りきれないくらいよ。お仕事の再開までもう少し時間が取れるし、今日と明日は街の散策でも」


「ほーお、時間があるのかえ? なれば好都合よの、ちとわしらに付き合うてもらおうかのう。なあ、シャロや」


 パラディオンギルドの総本山なだけあり、人気の少ない裏通りでも治安はバッチリ保たれている。ユウたちが近道しようと裏道を歩いていた、その時。


 彼らの耳にハスキーボイスが届くと同時に、数メートル前に木製の立派な扉が出現する。それが何を意味しているのか、二人はすでに知っていた。


「その声……お父様!? この大地は創世六神の結界で守られてるはず、魔戒王は」


「結界を通り抜けられぬ、じゃろ? ところがどっこい、わしは例外なんじゃな。特別に結界を通れるのじゃよ、というわけで……ほいっ!」


 シャーロットが驚くなか、扉が開き……彼女の父、コーネリアスことコリンがその姿を現した。ユウは嬉しそうに尻尾を振り、来訪者を歓迎する。


『わ、お久しぶりですねコリンさん! お元気でしたか?』


「うむ、わしは元気じゃよユウ。こうして直接会うのは、お主がパラディオンになってからは初めてじゃの。うむうむ、お主も元気そうで何よりじゃ」


 実はユウはリオたちの元で暮らしていた半年の間に、コリンと対面していた。その目的は一つ、魔戒王であるコリンとのコネ作りである。


 暗域を統べる王の中でも指折りの実力者にして、神々とも親しい『穏健派』の代表でもある彼と親交を深めておくに超したことはないと判断したのだ。


 その判断は功を奏し、コリンはユウをまるで実の子……を通り越して孫のように可愛がっていた。傍目には同年代の子ども同士がじゃれているようにしか見えないが。


『そうですね、なかなか会いに行く時間が取れなくて……すみません』


「よいよい、お主の活躍はシャロから聞いておるでな。よく頑張っておるようじゃの、リオも鼻が高かろう」


「あの、ところで……お父様、今日はどのようなご用事で? もしかして、暗域で何かあったとか……」


「いやいや、シャロが心配するようなことはないぞよ。ただのう、ユウに二つほど用事があるのじゃ」


『ボクに……ですか?』


「うむ。どうじゃユウ、お小遣いをあげるからわしらの『研究』にちと付き合うてくれぬかの?」


 蚊帳の外に追いやられそうになっていたシャーロットは、父がアポなしでやって来た用件について尋ねる。すると、そんな質問が逆にユウへ投げかけられた。


「研究? お父様、また珍妙な魔法の研究を始めたのですか?」


「珍妙とはなんじゃ、珍妙とは! 失われた古代の……いや、今はそれは置いておこう。研究というのはの、わしの友人……アゼルの嫁が持ち帰ってきた、ある装具のことなんじゃ」


 娘の言葉に反論しつつ、要項を述べるコリン。ことの始まりは、アゼルたちがある人物たちと行った、とあるミッションだという。


「オペレーション・サンダーソード。暗域に存在する組織、理術研究院に潜入し厄いブツを破壊する作戦をアゼルの嫁と協力者が行ってのう」


『あ、その話前にアーシアさんから聞きましたよ。アゼルさん、物凄く怒ってたとか……』


「うむ、死者を侮辱する行いを決して許さぬからのうあやつは。で、本題はここからなのじゃ。その作戦に参加しておったアゼルの嫁の一人、リリンが奇妙な物を持ち帰ってきたそうじゃ」


「奇妙な物?」


「うむ。サモンギアなるものでの、その作戦の協力者たちの仲間が造り出した召喚器のようなものだと言っておった」


『なるほど、思わぬ拾いものをしてきたということですね?』


「うむ。そこまではよかったのじゃが、そのサモンギアを使うにはいくつか制約があるようでの。それを取り外すための研究をしたいのじゃ。手伝ってもらえるかの?」


 コリンの問いに、ユウは困惑する。ユウは兄、ソロンのような優秀な技術者でもなんでもない。自分が居ても役立てることはないだろう、と告げる。


「なに、お主に技術面で協力してもらうわけではない。お主のチート能力、なんといったか……」


『庇護者への恩寵です』


「そう、それじゃ。その能力を貸してほしいのじゃ、事故が起こらんようにのう。お主はただ居てくれるだけでよい、後はわしらがやるでな。頼む、力を貸してもらえぬか?」


『……分かりました。シャロさんへの恩返しということで、コリンさんに協力します!』


「ありがとう、ユウくん。お父様のワガママに付き合わせちゃってごめんね」


 コリンの目的は、ユウのチート能力だったようだ。重大な事故が起こらぬよう、防護策の一つとして彼の力を借りたいらしい。


 要請を受けたユウは、日頃から世話をしてくれているシャーロットへの恩返しを兼ねてコリンに協力することを決めた。


「ありがとうのう、ユウ。よし、そうと決まれば善は急げじゃ、すぐに暗域に向かうぞよ!」


『え、暗域なんですか行き先って!?』


「うむ、そうじゃよ? 今回研究を行う拠点は、暗域にある西の理術研究院。アゼルたちが戦争の戦利品として分捕ってきた施設じゃよ」


「戦争……って、アゼル様率いるネクロ旅団が? 死を超越した不死身の軍団と事を構えるなんて、どこの命知らずなんです? お父様」


「……東の理術研究院の阿呆どもじゃ。あそこの院長、ボルジェイと少し前に会食をしてのう。その時にちょっと脅してやったら、ネクロ旅団にケンカを売りおったんじゃよ」


「な、何がどうしてそうなったのですか……」


「うむ、詳しい話は行きながら聞かせよう。さ、行こうか」


 パラディオン活動に精を出している間に、故郷でとんでもないことが起きていることを知り驚愕するシャーロット。因果関係が理解出来ず、ユウ共々混乱しているようだ。


 立ち話も何だから、とコリンに手招きされ扉の方へ歩き出す二人。チェルシーたちにしばし出かける旨を通話して伝え、ユウたちは扉をくぐり抜けた。



◇──────────────────◇



「……なるほど。そのキルトって子の故郷を、大地ごと滅ぼしたボルジェイを一喝してやったわけですね? お父様」


「うむ。理術研究院は中立の組織、属している間は協定により手が出せぬ。ゆえに、奴が院長の座を退いたら【掲載禁止ワード】してやると脅してやったのじゃ」


『そういうことだったんですか……。でも、なんでそのボルジェイって人はネクロ旅団に宣戦布告を?』


「フン、奴のことじゃ。ネクロ旅団を叩き潰せば一足飛びで魔戒王に成り上がり、わしと対等な立場になれると考えたんじゃろ。愚かなものよ、死を超越したノスフェラトゥスの軍団に勝てる者などいないというのに」


 扉をくぐり抜け、闇の眷属たちの住む世界……暗黒領域へとやって来た三人。西の理術研究院へと向かう道中、詳しい話を聞かされるユウたち。


 あまりにもバカらしい開戦の理由に、ユウとシャーロットは呆れ返ってしまう。二人とも噂程度には聞いていたのだ。ネクロ旅団の恐ろしさを。


 生と死を司る命の王、アゼル。彼によって聖別され、悪しき者との戦いに永遠の時を捧げる誓いを立てた者たちの組織……それがネクロ旅団。


 聖別の証として与えられる【ネクロクリスタル】を使うことで、決して死ぬことのない不死身の戦士【ノスフェラトゥス】となって戦うのだ。


「で、そのボルジェイとかいうのはどうなったんです?」


「ん? 死んだぞよ。あやつ、ネクロ旅団との和平条約締結の場に影武者を寄越しておったようでな。自分は別の大地に行って宿敵を殺そうと……」


『して、返り討ちにされたってことですか?』


「うむ、まさにスカッと爽やかザマーミロな笑いが止まらんかったわ。これまで散々悪行をしてきたツケを支払ったわけじゃな、自分の命で。いやあ、愉快痛快大爽快というものよ! わあっはっはっはっ!」


 大笑いするコリンに苦笑しつつ、ユウたちは彼の後をついて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る