二五話 ひどい。そんなことを、言うなんて
「お前、
「……」
「威勢が出張したか。いまさら?」
なにを言われても私は答えられない。異形に近しい顔だけでなく、異能も見られてしまったのだ。この
そういうふうになっている。私に
それはつまり、そういうことなのかもしれない。私は、生きていてもいいが、けっして幸せになってはならない命である。そういう、裏付けとなっている。と、いうこと?
「――忘れない」
私を覆い守る水の膜を貫く声。あの男の声はなんと言った? 「忘れない」だと?
私が恐々視線をあげると
どうして、忘れてくれないと言う? 私を、そんなに笑いたいのか。
ひどい。と、はじめて思った。これまで考えたこともなかったのに、あの
「忘れられるものか……っ」
それだけ言って男は身を
さすが。一〇〇〇年以上を生きた
あのしつこい男が
私は周囲を消火しながら水の結界を解除する。ふらり、とよろけたところを月が助けてくれる。私は抵抗する気力も残っていなかった。すごく、非常に、とっても疲れた。
「静、大丈夫か? ああ言って遅いので探しに来たのぢゃが……。恐ろしかったな」
「っ、そん、なことでも」
「いや、無理をするな。ぬしはもう少し素直になるべきぢゃ。怖い目に
「だって、私は。私は……っ」
「そうぢゃのう。ずっと害されてきたのぢゃ。そう易々言葉も呑めないであろうな」
言って、月は私の体をそっと抱いて背をトントン叩いてくれる。熱い、獣の体温だったがそれがどういうわけか心地いい。さっきの男も熱かったが、それと違うぬくもり。
あの男はなぜだか、私を、この浩という
だから、そう、恐ろしかったという月の表現は存外間違ってもいない。怖かった。
恐ろしかったし、逃げたかったのに、あの男は逃がすまいとしてきて余計に……怖かった。あの邑での
「さ、戻るぞ。もうみな
「ん。あの、月」
「うん?」
「ご、めん。あ、りが、とう」
「! ……ほんに恐ろしかったんぢゃな」
月の言葉は優しい。私が、いつだって怖いもの知らずに無礼を通す私が素直に礼や謝罪を口にしたもんだから月には私が本当に怖かったと伝わったらしい。手を繫がれる。
まるで迷子の幼児にそうするよう。私の手を取ってしっかりとでも強すぎない程度で力をこめてきてくれる。嬉し、かった。こんなふうにされたのははじめてだったから。
でも、これは月が珍しいのではなく私が珍しく弱って弱さをさらけだしてしまっているからだ。そうじゃなきゃ、月だってここまで世話を焼こうなんてしなかった筈だし。
ふたり並んで
「あの男、かなり権威のある者であろうよ」
「そう、なのか?」
「ああ。衣服もしっかりしておったし、
「……そう」
「なにがあった? また暴言か?」
「だったら、よかったのに」
それから月に顔を見られたことを伝えてあの男が去り際「忘れない」と言ったことが今すごく心に負担だ、と告げると月はぎょっとした様子であの男をなぜか評してきた。
なんでだよ? ひとがこんなに心労抱えているってのに「あの小わっぱ、よお命があったのう」だのと言っているんだ、てめえは。被害者は私だっつーの。アレ、加害者。
……ある意味、被害者ではあるか。私なんかの顔を見たんだ。それについても月は驚きと羨ましい、とばかりの調子で「
「この程度で怒るでない、静」
「うるせえっ
「なーんぢゃ、真剣にぬしの素顔が見たいだけの好奇心をふざけ心と混同しおって」
真剣なのになんで好奇心がでてくんだよおかしいだろうが。と、いうわけで
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