二四話 なんで、こんなことになっている?


「醜いもので、目をよごした」


「は?」


「その、忘れるの難しいくらい汚いものだったのは詫びる。すまな、い。だが、てめえがいきなり振り向かせるから悪いんだ! 吹聴ふいちょうしやがったらタダじゃおかねえぞっ!」


「……本気で、そう、思うのか?」


 叫んで、ほとんど絶叫になった言葉で私にいましめを刺して、相手に釘を刺した私はひとまず満足して岩から降りようとしたが、男の声に止められる。心底疑問、という声に。


 ――本気でそう思うのか? ってどういう意味で言っているんだ。だっててめえが見たのは私の醜い素顔。鬼妖きよう魅入みいられて、様々と罵声ばせい悪罵あくばを浴びて育った女の顔だ。


 めんの下で私がどういう顔でそれらを受けていたかも思いだせないくらい当たり前にののしられて、当たり前に見くびられて、当たり前にけなされてきた私は、当たり前に、醜い。


 それともてめえが悪い、というなすりつけた部分に対してかかった言葉だったんだろうか。その方がいくらも納得できる。こいつは悪くない。私を見つけて、声をかけて、不審に思って振り向かせて、これまた偶然、面がずってしまって私がさらしてしまった。


 そう、か。私が悪いんだ。むらの時と同じですべては私が悪い。曇天どんてんや雨天が続いた時は空気中の水分を引っこ抜いて雲を無理矢理空から引っぺがし、晴天をもたらせたこともあったな、そういえば。奪った水はしばらくかめにいっぱいいっぱい、溢れていたっけ。


 逆に雨が降らないことが続いても私は容赦ってなんだっけ? といったふう殴られ蹴られて罵られてまわしいとばかり「住まわせてやっているのに呪いをかけた」と意味のわからん罵詈雑言ばりぞうごんを投げられたこともあった。……私は、本当に生きてよかったのか?


 そう、中にいるハオに何度も問いかけた。相手は自然なのだから、思い通りにいかないのが当たり前なのに、それなのにすべて、凶事きょうじのすべては私の「仕業」となって――。


「なにが、だよ」


「本気で俺の目を汚した。そう思うのか?」


「? なに、言って」


「お前、鏡を見ないのか?」


「見ない。醜い顔が見つめ返すのに……」


「……バカ、な。俺は、俺はお前ほど美しく綺麗で神々しい者を見たことがない!」


 なに、言っているんだ、こいつは。いつの間にかどこかで頭を打ったのだろうか。美しい、綺麗、神々し、い? なにを見て、そんな言葉を吐いているんだ気色悪ぃなッ!


 だというのに、だ。相手の言葉で怖気が走り、鳥肌が立つというのに動けない、私いったいどうした? さっさといつもの調子でぱらえばいい。もしくは逃げればいい。


 なのに、動けないのはどうして? 動揺しているのか、もしくは驚いているのか?


 心臓が爆発しそうな音を立てているのも訳がわからない。なんで、こんな、うるさく鼓動を打ち鳴らすんだよ。おかしいだろ。この汚い、醜い顔を見られたってのに、さ。


 それとも、見られたから、だろうか。きっと、そうだ。でも、最初で最後になるであろうはじめてめんと向かったのはとても綺麗なひとだった。……いい、思い出にしよう。


 そう決め込んでとっとと立ち去ろうとした私の手首を掴む大きな温かいよりもむしろ熱いくらい温度の高い手。あの男が私の腕をしっかり掴んできっちりと捕まえていた。


「な、なにちょ、放し」


「その衣、白麒宮はくきぐうの者か? それか白虎宮びゃっこぐう


「違、は、放せっ」


「どこの者か、教えてくれ」


 こいつ、変態? 教えて、と言われても私は正式に後宮こうきゅうに入っているわけでない。


 つまり、そう言われても言えない。でも、言わないと手を放してもらえそうにないというこの状況は気まずいどころではない。顔を見られただけでも最悪だっていうのに。


「なにをしておるか、わっぱ!」


「!」


 すると、突然鋭い声がして赤い炎が幾条いくじょうものじゃとなって襲来しゅうらいした。見るなり彼は手を放す、どころか私を庇おうとした。ので、私は相手を突き飛ばして安全圏に逃がした。


 同時に私自身を水で覆う。この声。けど、どうして……てめえ酒をやりたいって。


 自分で言ったのにその酒席しゅせきを抜けてきたのはなんで。それもこんなちょうどはかったようないい間で割り込んでくれるなんて。正規で本物のそれだったら最高だけど――。


ユエっ」


ジン、大丈夫か!?」


 瓦礫がれきの向こうから駆けつけてきたのは月。彼女の周囲には炎のつぶてが揺らいでいる。その様はまさにまさしく炎の扱いを得手えてとする九尾きゅうびきつねとの異名に相応しいりようだ。


 私は私を守ってくれる水の中から月の姿を確認してつい、ほっとしてしまう。で、なぜだかわからないが、そちらを見た。あの変な男がいる方を。彼は月の炎に驚いた様子だったが、つい、と私に視線を移した。強い、瞳。強固な意志を持った瞳にあるナニカ。


 彼はよろ、と立ちあがって炎に飛び込んで私の前に立ってくれた月を見て一言「あやかしか」とだけ言った。その目に異端の者を見る色は、ない。……おかしくはないか?


 世間一般にあやかしとは穢れ。しきとしてひとに仕える者は例外扱いがされるが、根本からの思考は覆らない。人智を超えた力を持つ彼ら彼女らをひとは本能の域で恐れる。


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