二三話 ひとりになれた筈、だったのに
歩きだす。
岩に腰をおろし、照りつける太陽が隠れはじめた空を見上げ、周囲をちらり、と見渡したがものの見事に誰もいない。ひとが寄りつかない場所、なのだろうか? いいね。
……。よし、だいぶ思考が冷却されてきたし、
手の一振りで水を地に打ち捨て、
この面があれば、つけていれば、浩が
乱暴な言葉で牽制する。
私の弱さの象徴であり、強さだと思い込みたい幼さの名残。体も歳も大人なのに。
私自身はおそらく五歳にも到達していないであろうほどに、弱い。弱すぎるのだ。弱くて、非力で、幼い心身を必死で守り隠し庇う為の鬼の面を見つめる。嗚呼、なんて。
「……お似合い、だな」
「なにがだ」
驚いた、なんてものじゃなかった。急に声をかけられてというか、近づかれていることにも気づかなかったなんてどんだけ集中していたんだ。不覚すぎるが、驚いても面を顔に当てるのは
男の声。ここ、後宮で男なら男の象徴を切除した
おそらく見回りの宦官だな。そう落ち着いた私は身分保証書はまだかかるか、と思ったので
「なん、なんの、用だ?」
「こちらの台詞だ。ここでなにをしている」
「散歩。ついでに、手入れ」
私の背後で訝しむ空気が濃くなる。そして、私が鬼面の紐を縛ろうと面から手を放して紐を
私もはじめて、真っ向からひとの顔を見た。見て、二重に驚いてしまった。端整、という言葉がここほど似合う男性もいない。キリリとした鋭い色の眼差しは獣のようであるが、獣らしからず理性と知性に満ちた漆黒。す、っと通った鼻筋。薄い唇。……綺麗。
相手の、宦官だとしたら衝撃のあまり号泣する娘が溢れそうなほど美麗な男性の唇はなにか呟いた。小さな、声。ただ、小さすぎてなにを言ったのか、聞こえなかったが。
私は動けない。あまりにも唐突で硬直してしまって膝に落ちた面を拾うこともできないまま、男性と見つめあう格好となる。相手の美男子は私の顔を、醜い
どう、しよう。見られた。それも、あんなふうがっつり見つめられるなんて……。
「お前……」
「い、いわ」
「?」
「忘れてくれっ、誰に、も言わない、で」
「お、おい?」
取り乱して、泣きそうな声で叫ぶ私。みっともないし無様だ。なんという、こと。あんなふう、見られるなんて。この醜い顔を、まじまじと見てくるなんて。……ああっ!
恥ずかしい。この
油断するにもほどがある。
俯いたまま納得した私は頭の後ろで紐をしっかり結んで顔をあげた。相手はさらに驚いて見えた。唇が動いた。「なぜ?」と。なぜ、なぜっていうのはそれこそなぜ、だ?
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