ひとりになりたかった。ところがどっこい
二二話 暮れなずむ空の下、駆けゆく
「
「
「まあ。でしたらせっかくですし、
「お、お母様っ!?」
「月は強そうですし、静も」
「私は結構だ。月に頼んでくれ。のぼせたから涼んでくる。夕餉も
お願いだから、放っておいてくれ。慣れねえんだよ、こんなあったかいの。こんな安らかな空気。
ずっと、ずっと、そしてずっと冷たくて
息が苦しくて、喉が詰まって。これまでの日々がことさら惨めに思い起こされてしんどくなってならない。だから、ひとりになりたい。ひとりにしてくれ。昔の、ように。
「……。いってらっしゃい」
「っ、う、うるせえ!」
暴言をひとつ吐き捨てて私は
胸を押さえる。苦しい、痛い、
「は、は、はあ……っ」
そうして、駆けて駆けて。走って走って。黒亀宮から離れすぎないでも充分距離を置いた場所で足を止める。振り返れば遠く黒亀宮の
でも、もう吐きだしたもんは戻らない。
新しい水を注ぐことはできても同じものを元に戻すのは絶対にできない。この世は皮肉に満ち溢れている。
でも、式無というのはこと
が、言い替えればそれは後宮で
それこそ私そのものがあやかしだ、と判じられても仕方ないくらいには異常者で。
「……アホ
終わったことを悔いるくらいならおとなしくもてなされておけばいいのに。終わってから変に後悔するなんてアホ臭すぎ。そこはかとないバカ
あんなふうにされるなんてはじめてでどうしたらいいかわからない。私は、まともに感謝も謝罪もしたことがない。「ありがとう」も「ごめんなさい」も音は知っているが唱えたことはない。だって、そんな機会、一個としてなかった。相手も場もなにもかも。
なにひとつとしてなかったから。無知で、そういう意味では赤子のままの精神。成長できない弱い心。なにも知らぬまま体だけ育ってしまった究極の世間知らずで
私が傷つかないように、しているんだと思うと自分の弱さと愚かしさが恥ずかしくて死にたくなる。いっそ、死んでしまえたら、楽なのに。こんな複雑さに、
消えて、しまいたい。何度そう願ったことか。あの
脳の中身空っぽだ。なにも教わらなかった。読み書きは月が教えてくれたが、それもごく簡単なものだけだ。自分の名前と、まわりで気が置けない誰かの名と、短い挨拶。
それだけ。とてもまともな職には就けない程度の知識だけ詰め込んだ。充分だと思ったし、思いたかった。大事なひとなんていないし、現れるわけがない。私なんか、が。
――恋なんて、するわけないんだから。
誰かを愛することもない。あったとしてそれは親しみの情までだ、と予想に
それに、誰が歓迎するだろう? 鬼妖を宿す娘に情を傾けられることを誰が……。
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