二〇話 初、湯あみというか風呂というか


「じゃあ、なおのこと一緒に入りましょう」


「いやだ」


「裸のお付き合いも大事よ。陛下のご命令もあるし、しばらくはあなたの衣食住を私が保証するのだから、入浴もさせないなんて私が陛下に顔向けできなくなってしまうわ」


 うぐ。そこまで考えていなかった。たしかになに扱いで後宮こうきゅうとどめられるにせよ預かり手である桜綾ヨウリン様が私を湯にもつけない、だなんて噂が立っては彼女の心証に関わる。


 こ、ここは腹をくくるしかない? いや、でもこの面子めんつで入浴するには私がやはり異質すぎるのでは? 作法だけ教えてくれればあとでひとりで入る、とかできないのか?


 しかし、さすがは桜綾様。私の考えくらいはお見通しだったっぽくて悪戯な笑み。


「ダメよ。ほら、しっかり洗ってあげますから一緒に入りますよ。まき代も考えてね」


「はぅ、ぐ……っ」


「ささ、脱いで脱いで」


「……。じゃ、じゃあ、一緒は、今日だけ」


「はいはい。それでいいわ。あ、おめんも」


 パシンっ! 軽い音。桜綾様の手が私の面の紐に伸びてきたのでそれを叩いた音。


 桜綾様は驚いているけれど、私は唇を引き結んで断固拒絶する。これはダメ。それはいやだったらいやだ。この面はいましめであると同時に御守り。私の顔の、もはや一部だ。


 これを取るなんて、考えられない。湯の水面みなもにうつるであろう自分の醜い顔を見ることになるかもしれない恐怖。そして、それ以前に桜綾様たちの目を汚すかもしれない。


 だから、私は服を脱いで脱衣室の床に整えて置いてから湯殿ゆどのに抜けていった。桜綾様の顔は見ていない。見たいとも思わない。そこにあるのはなんだろう? 素顔をさらせないことで起こるひとの想像は様々だ。そこほど醜いのか、という憶測はもちろんだが。


 興味をそそられても困る。私も長らく見ていない顔。最後に見たのはハオが入って生き延びたあと、妖映鏡ようえいきょうに浩と一緒にうつった時。もう、曖昧あいまいで記憶にない。浩の顔はしっかり覚えているのに……変なの。でも、いいんだこれで。私は、醜いんだ。だから――。


 綺麗なものを見たあとに見る醜いものは吐き気をもよおすに違いない。だったら、墓の下まで隠し通せば誰も不快にさせないで済む。不快なものを見る目はもう充分、だ。


 で、当然だったが湯船がある部屋に抜けた私に優杏ユアン様は不思議そうな顔をした。風呂に面をつけたまま入っているのだし、当然だろうか。が、ユエがそれとなく教えている。


 水浴びの最中ですら外さない。よほど顔を見られるのがいやなのだ、ということ。私の生い立ちを引っ張って邑人むらびとに利用されるだけの私の話から常にあったののしりのげんを考えさせて納得させている。本当、歳上には勝てない。遅れて入ってきた桜綾様は静かな顔。


 さっきの出来事を感じさせない静かで穏やかな表情で湯船の湯を汲んでざ、と体にかけたので私もならう。月はすでに優杏様と一緒に湯船につかっている。やっぱ私だけか。


 風呂の作法知らなかったの。桜綾様は髪の毛を手拭いで纏めてあげてから湯船につかった。私も伸ばしっぱなしで放っている長い髪を纏めあげて恐る恐る湯に足をつけた。


 ……あったかい。私はおっかなびっくりではあったが桜綾様に促されるまま肩まで湯船につかった。女、といえど四人も入れば湯は溢れてしまう。うわあ、もったいない。


ジンはお風呂はじめてなの?」


「悪いかよ」


「ううん。後宮に入る下女げじょたちの中でも入り方わからないってひとはいるみたいで知っているひとの方が天琳テンレイの国中探したら少ないと思う、から。悪くなんてないよ、うん」


 ……これは、慰められているんだろうか? いや、いいけど。他意たいないようだし。


 面を外さないのもつつかないでいてくれる。私はしばらくお湯の温度を堪能した。


 じんわり汗をかいてきた辺りで桜綾様がでて体を、石鹸せっけんで洗いはじめたので私はおけにお湯を汲んでその湯を使って体をこすり洗い。これで充分。石鹸を使うなんて贅沢だ。


 遅れて湯船をでた優杏様はそうだが、月は優杏様の石鹸を借りている厚顔無恥こうがんむちぶりをこの瞬間すら発揮するというびっくり。私には真似できんし、しようとも思えねえな。


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