第13話 清忠

学校が終わり、清忠と一緒に俺の家へ向かう。

俺の家の最寄り駅に着いて改札を出た所で、清忠に声をかける男がいた。


「清忠、こんな所で何をしている」


びくりと肩を跳ねさせて、清忠は声がした方を恐る恐るうかがう。


「兄さん…。あ、あの、今から友達の家に…」

「ふん、いい身分だな。そんな暇があれば、もっと勉強に励んだらどうだ?まあ、おまえがどうなろうが、俺の知ったことではないが。俺の顔に泥を塗るような事だけは、やめてくれよ」


清忠が兄と呼んだその男は、言いたいことだけを言い終えると、二人の男を引き連れて改札の中に入って行った。

清忠は、手を堅く握りしめて兄が去った方を見つめている。俺は、清忠の手が小さく震えていることに気付き、清忠の前に回ると、腕を伸ばして意外と柔らかい髪の毛を撫でた。


「なっ、何してんだよ…」

「ん?なんとなく。てか、少し屈め。腕が痛い」

「あー、凛ちゃん小ちゃいもんね」

「小さくない!俺は普通…の筈だ…」


さっきまでの辛そうな表情が消えて、笑いながら清忠が腰を屈める。いつもの明るい清忠に戻って、ほっとした。


「今の人、俺の兄さんでさ…。見た通り、すごく綺麗だったろ?その上勉強もできて、俺は何をしても兄さんを超えることができないんだ。だから、家族も周りも兄さんを持ち上げて、俺なんて眼中にもないんだぜ。まあ、あんな何でもできる奴が傍にいたらしょうがないよなぁ」


俺は、清忠の頭から腕を下ろして、ぼそぼそと呟く彼の顔をじっと見つめた。


「な、なんだよ…」


俺の視線に気付いた清忠が、ばつが悪そうに俺から視線を逸らす。


「清の気持ち、なんとなくわかると思って。俺も兄ちゃんがいるけど、結構、できがいいんだよな。親はそうでもなかったけど、兄ちゃんは俺に対して偉そうだったよ?でも、清ん家はもっと大変そうだね。まあいいじゃん。兄ちゃんは兄ちゃん、清は清のやりたいようにしてたらいいんだよ。だって、俺は結構、今の清が好きだし。それにさ、周りが皆んな敵でも、俺は清の味方だし。なっ」


俺は、俺の言葉にじっと耳を傾けている清忠に笑って見せた。すると、いきなり清忠が、勢いよく俺に抱きついて来た。


「うわっ、何?」


思わず後ろによろけそうになるのを、清忠がしっかりと抱き留める。しばらく俺に抱きついたまま動かないから、俺はそっと彼の背中を撫でた。その時、何かに気付いたように、清忠が俺の首に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ出す。


「えっ、どうしたの?もしかして臭い?」

「いや…なんかすげーいい匂いがする。なんだろ…なんか甘い感じ。香水つけてる?」

「つけてない…。え、なんだろ…」


くんくんと匂いを嗅いでいた清忠が、いきなりぺろりと俺の首を舐めた。


「ひっ!な、何するんだよっ。やめろっ」


俺は清忠の胸を力一杯押して、身体を離した。舐められた首に手をやり、清忠を睨みつける。


「こめんごめん。美味そうな匂いだったから、つい。でも凛ちゃん、匂いだけじゃなく甘い味がしたぜ」

「つい、じゃねーっ。謝って済むかっ。次やったら友達やめるからな…」

「わかったわかった。ほんと、ごめんっ」


両手を合わせて謝る清忠を見て、とりあえずは許してやることにする。清忠は本当に反省してるのか、ちらりと見えた口元が緩んでいた。



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