第10話 変わりゆくリブルの街
小さな街の穏やかな暮らしは少しずつ変化を遂げている。
王都の流行り病がリブルの街にも静かに広がってきたのだ。
この街は王都とは離れた場所にあり、さる貴族が納める領地である。しかし、王都との物流や人の行き来がないわけではない。乗合馬車も出ており、王都に荷を運ぶ者もいる。
そんな状況で感染が広がらぬわけはなく、リブルの街の人々にも不安が広がっていた。
「もう、ミラったら。私は今は健康なんだから、そこまで入念に付与をかける必要はないでしょう?」
「なにを言っているの、ジル! いくら入念にかけたって問題はないでしょ? あたしが安心して働きに出かけられないじゃない! あたしのためだと思って我慢して!」
「……それでリード様に頼まれた品は出来てるの?」
「うん! 付与もばっちりだよ!」
ギルバートに頼まれた品は王都で流行しているとミラから聞かされたジルだが、実際に見たわけではないので、いまいちピンと来ない。
もちろん、市販品でも付与の効果はあるのだが、ミラに教わり、編んだブレスレットが人々の役に立つのはジルとしても嬉しく思っていた。
いつも家に閉じこもっている自分にもミラのために、人々のために出来ることがある。それはジルの中で自信にも繋がっていた。
「不思議だね。ミラが教えてくれたブレスレットが誰かのために役立ってるなんて。私には魔力もなにもないけど、一緒になにか出来るのが本当に嬉しい」
「ジル……。そうだね、小さい頃も一緒に作ったね。こっちに戻って来れた後、ブレスレットをジルが作ってくれて、今でもつけてるもんね」
ミラが考えた独特の形のブレスレットは、手先が器用なジルの方があっという間に上達した。叔父の家に引き取られる際にもお互いの腕にブレスレットを結び合ったのだ。
細い腕につけたブレスレットをジルとミラは今も互いにつけている。これは再会した後に、ジルがミラにくれたもの。もう二度と離れ離れにならないようにと願いを込めて編んでくれたものである。
ミラは右手に、ジルは左手に結んだブレスレットは二人の絆の証だ。
「でも、付与は強いものじゃないんだよね? それで大丈夫?」
ジルの問いかけにミラは頷く。
それはミラも同じように抱いた疑問であった。
「うん、始めはあたしもどう思ったんだけど、リード様が言うには抵抗力を上げることが大事なんだって」
「そうか……。完全に病を防ぐには魔力も多く必要になるだろうし……。ミラの負担を考えてくれたんだね」
「なんか、あたしの魔力量は人より多いみたいで、予定以上にブレスレットを手配できそうなんだって。だから、今度は違う形を考えているみたい」
ミラの言葉にジルは頷く。
感染を完全に防ぐ付与ではなく、抵抗力を上げる付与にすれば、流行り病になっても重症化はしないだろう。なにより、そのぶん多くの人の手に渡る。
使う魔力を押さえ、大量に付与のブレスレットを作る方が、結果的に被害を押さえることができるはずだ。
自分とミラとの絆のブレスレットが、今は人々を救う付与のブレスレットとなって広がっていく。
くすぐったいような誇りたいような不思議な気持ちが湧きあがり、ジルは照れくさそうに笑うのだった。
*****
いつもと変わらずエルザの店に立つミラの目に映る街の様子は今までとは異なる。街を行く人々の表情もどこか余裕のないものに見え、苛立ちが伝わってくるかのようだ。
穏やかで賑やかなリブルの街が変化しつつあることにミラは小さくため息を溢す。
「今はエルザさんはいないのね」
「あ! マーサさん。休憩で席を外してて……なにか御用でしたか?」
暗い表情を浮かべたマーサはミラの問いかけに目を伏せる。
「えぇ、流行り病のことはあるでしょう? うちの子は体が弱いから心配で……エルザさんに少し話を聞いてほしかったの」
「……そうだったんですね」
マーサの子どもベスが体が弱く、臥せてしまうことが多いのはミラも知っている。そのたびにエルザが話を聞いていたものだ。
なにかが解決するわけではないのだが、誰かに「大丈夫だ」と笑ってもらうとマーサ自身もどこか安心するのだろうとエルザが話していた。
親とて誰かに相談し、頼りたいときがあるのだと言ったエルザの言葉をミラは思い出す。
「あ、あの! これ王都でも売り出しているものなんです。きっと、ベスちゃんも気に入ると思います!」
突然、ブレスレットを勧めるミラに一瞬、目を丸くしたマーサだが、すぐに口元を緩める。ミラにも体の弱い妹がいるとエルザから聞いている。
おそらく、娘のベスとマーサを励まそうというミラなりの心配りなのだろう。
「そう、王都でも売り出しているのね。凄いわ。じゃあ、ひとつ頂こうかしら。ミラちゃんが選んでくれる?」
「はい! ベスちゃん用に凄くいいのにしますね!」
その言葉にマーサは微笑む。不安で足を運んだエルザの店だが、ミラの言葉に気持ちが少し軽くなる。
しかし、ミラの言葉に嘘はない。体が弱いジルのことを昔からマーサは気遣ってくれた。そんな彼女になにか返したい。なにより、体の弱いベスが流行り病にかかるのではとミラ自身も不安を抱いたのだ。
「――はい、これで大丈夫! ベスちゃんは流行り病にはかかりませんよ」
「そう言ってもらえると不思議とそんな気がしてくるわ。ありがとう、ミラちゃん」
ミラが手渡したブレスレットにはいつもより多めに付与がかけられている。
体の弱いベスが流行り病にかからぬように――そんな付与のかかったブレスレットを受け取ったマーサは代金を払い、店を後にする。
その背中を見送るミラは、この流行り病が早く終焉する方法はないのかと胸を痛めるのであった。
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