第66話 アバンダ家とウィーブ家

海の民の国マルシャル。

海に囲まれる島国らしく、海洋資源は豊富。温暖な気候にも恵まれ、農作物の生産も盛んであった。ゆえに100%の食料自給率を誇る。


これが三百年もの間、鎖国政策が成立していた理由だった。

逆にその資源が諸外国に狙われるのを嫌って、鎖国を続けていたという実情もある。


今、そのマルシャルの首都バレニアにある立派な屋敷の中で、中年真っ盛りという男性と碧い長髪を後ろで結った知的な雰囲気の女性が、長いテーブルを挟んで差し向いになっていた。


男性の方の名はモンクス・アバンダ。海の民の中でも、代々、元首を輩出する家系、バーチャー家に対抗できる唯一の勢力アバンダ家の家長である。


一方、女性の方はディアン・ウィーブといい没落した旧家の娘だった。

彼女は、眼鏡の奥にある鋭い視線で、モンクスの動向を伺う。中年男性は、ディアンが持ち込んできた案件について、思慮深く考え込んでいた。


「それでは、バーチャー家の跳ねっかえり娘が戻って来て、マルシャルを開国させようとしている訳ですな」

「はい。私どもの諜報員の報せ。間違いございません」

「ううむ」


モンクスは、向かいに座る若い娘の言葉に唸り声を上げる。正直、開国に関して、それほど否定的な考えを持っていなかった。


何かきっかけさえあれば、いつ開国しても構わないとまで思っている。

むしろ、頑迷なのはバーチャー家の方なのだ。


ただ、それを正直に元主家の娘に話すわけにはいかない。

鎖国の理由の一つに、ウィーブ家への配慮があったからだ。


「それで、その情報をなぜ、当家に?」


モアナ・バーチャーが、そのような思想を持っているとすれば、彼女の父であるハウム・バーチャーに釘を差せばいい。

他所の娘の事で、モンクスが頭を悩ます必要はないのだ。


「・・・それは、この国の政権を担うのは、アバンダ家の方が相応しいと、私どもは考えております。これまでの歴史を踏みにじる行為を糾弾し、世に訴えれば、それも叶うのではないでしょうか」


その説明で『なるほど』と納得するほど、モンクスはお人好しではない。政治とは、それほど単純な話ではないのだ。


それにマルシャルの人々が、このまま鎖国を望んでいるかどうかは、世論調査のようなものをしてみないと分からない。

ディアンの言葉だけで、この話に乗っかるのは、愚かとしか思えなかった。


そもそもこの話。バーチャー家とアバンダ家を噛みあわせ、その隙にウィーブ家の復権を狙っているのではないかと、モンクスは疑っている。

彼女の真意を掴むまで、まともに取り合う気は起きなかった。


「しかし、モアナ嬢は、確か魔獣スキュラを倒すための助っ人を探し求め、海に出たはず。開国とは関わりない使命と思いますが?」

「その連れてきた相手が問題なのですよ」

「ほう」


モンクスが目を丸くしたのは、あの剣の達人の眼鏡に叶う武人がいたという事に驚いたからである。

つまり、助っ人を連れてきたという事は、モアナ自身が苦杯を舐めた魔獣スキュラを、その者の合力があれば倒せると見込んだことになるのだ。


しかし、ディアンの話を真に受けると、その者は魔獣を倒した見返りに開国を求めているという事になる。

それは一介の武術家が考える事ではない。モアナは、どこぞの王国の騎士団長でも連れてきたのかと、モンクスは想像した。


「それは、どんな人物かご存知か?」

「イグナシア王国の者のようです」


かの国は、海を挟んで隣国にある。時の王は、ラゴスで豪勇で鳴らす人物。

その配下となれば腕自慢の豪傑は、多いだろう。

地理的な事からも、開国を要求するというのに頷けた。


「・・・ただ、肩書は国王巡察使らしいのですが、王宮勤めしている訳ではなく、街で金貸しを営んでいるとか」

「は?」


国王巡察使といえば、国内の地方で国王並みの権限が与えられることもある職業。それと金貸しは、どう考えても結びつかない。


「何とも不思議な人物のようですな」

「ええ。ただ、油断なきように。何でもその人物『水の宝石アクアサファイア』を狙っているとの噂もあります。」


ここで、不意に海の民の宝ともいえる宝石の名前が飛び出した。

『海の神殿』の中に眠る秘宝は、装飾品としての価値はあるかもしれないが、それも神殿の中にあってこそだろう。

それ以外、利用価値はモンクスには考えられなかった。


「実は『水の宝石アクアサファイア』を含む四大宝石。それらを集めている組織があるそうなんです」

「・・・ほう。それは初耳ですな。四つ揃うと何かいいことがあるのかな?」

「そこまでは存じ上げませんが、モアナさんが連れてきた者は、その方たちと関係があるのではないでしょうか?」


モアナが連れてきた人物は、もしかしたら開国以上の何かを企んでいるのかもしれない。

もっとも、ディアンの話が真実であればだが・・・


いずれにせよ、一度、バーチャー家を訪れて、その助っ人とやらにも会ってみないことには判断がつかない。

情報提供には感謝して、モンクスは会談を切上げた。ディアンはまだ、何か言いたげだったが、屋敷の主人の意を汲んで退出する。


すると、入れ替わりで、一人の青年が入って来た。

それはライ・アバンダ。モンクスの一人息子だった。


「父上、今のディアン殿の話を信用なさるのですか?」

「さぁな。熟考するネタの一つではあるな」

「しかし、言っては何ですが、ウィーブ家は既に没落した家。今さら、表舞台に出て来られても・・・」


息子の発言がヒートアップし過ぎない内に、モンクスは彼を止めた。ウィーブ家は元々、アバンダ家にとってもバーチャー家にとっても主筋に当たる家である。


そんな関係性から、アバンダ家の中には、今でもウィーブ家に対して、恩顧を感じている家系もあった。

彼らを刺激しないために、元主家の悪口はほどほどにした方がいいのである。


「まぁ、ゆっくりと状況を見極めるだけだ。ハウムの奴とも、じっくり話し合う必要があるだろう」

「バーチャー家に行かれるのであれば、私もお供します」


ライもモアナが連れてきた武人に興味があった。彼女とは幼馴染という関係で、気性も良く知っている。

そんなモアナが認める人物ともなれば、気にならない訳がなかった。


彼自身、槍の腕には自信があり、モアナらとともに一度は、魔獣スキュラに立ち向かったことがある。しかし、そこで敗れたがため、国外に人を求めてモアナが飛び出したのだ。


それで、連れてきた人物となれば、最高の武術家としか思えない。

同じ武人としての血が騒ぎ、関心を寄せるのだ。


「では、早速、出かけるぞ。準備をしろ」

「はい」


ライは、大きな返事をするとモンクスに続いて部屋を出る。バーチャー家の屋敷は、同じ首都の中にあり、それほど遠くはなかった。

政務に当たる政庁もバーチャー家の屋敷と近いため、どちらかを訪れればハウムにも、そしてモアナにも会えるはずである。


マルシャルのトップ会談が急遽行われることになるのだ。

レイヴンたちの来訪で、マルシャル国内の動きが急に慌ただしくなる。

それぞれの思惑を乗せて、海の民の首脳たちとの邂逅が始まるのだった。

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