第65話 鎖国の理由

イグナシア王国港町ダールドの沖に浮かぶ小島。

海賊バルジャック兄弟のアジトにて、人質を無事救出し、拠点の制圧まで成し遂げたレイヴンは、一堂を集めて次の方針を伝えようとする。


ただ、その前に了承を得なければならない相手がいた。

それは海の民のモアナである。彼女の賛成なくしては、この先の展開は始まらないからだ。


レイヴンは、正直にこれから海の民の国マルシャルに向かいたいとモアナに相談する。

まずは、彼女の道先案内がないと、その国にも辿り着くことができないのだ。


現在、鎖国状態のマルシャルの事。もしかしたら、他国の船が訪れること自体、禁忌とされる可能性がある。

レイヴンは、緊張しながら、彼女の答えを待った。


すると、

「私が海を渡ったのは、『海の神殿』に住まう魔獣打倒の助っ人を探すため。その点、ハイデンやエルフィーを倒した、お主らは合格。マルシャルに連れて行くのは構わない。むしろ、こちらから来てほしいと願いたいくらいじゃ」

と、来訪するのは問題ないと太鼓判を押してくれた。


そこには、助っ人としての渡航という意味があったが、『海の神殿』に入るためには、どちらにしろ魔獣を倒すのは必須事項。

レイヴンとしても、その条件であれば望むところだった。


但し、黒髪緋眼くろかみひのめの青年が描く未来図は、それだけでは終わらない。

彼の目標は、あくまでもマルシャルの開国。


アウル』、というよりミューズ・キテラに対抗するためには、『海の神殿』へ入る許可だけではなく、その後も海の民とは協力体制を築き続けたいのだ。


そうすることで、既に友好関係にある砂漠の民やラゴス王、つまりイグナシア王国とも連携が図れるようになる。

アウル』という組織の全容も分からない今、奴らに対抗するには、できるだけ信頼のおける仲間が欲しいのだ。


同志として加わってほしい海の民が、鎖国という限定的な状態では、レイヴンが望むような関係が構築できるとは思えない。

レイヴンの意図を理解したモアナは、言葉をつけ足した。


「私も開国には、賛成じゃわ。あの頭の固い連中を説得するための、橋渡しなら喜んでする」

「ありがたい。それだけ聞ければ十分だ」


元々、海の民を説き伏せるのはレイヴンの役目だと思っている。そのための『切り札カード』も、スカイ商会のニックの登場で得ることができた。


後は交渉のテーブルに、どう漕ぎつけるかだけが問題だったのを、モアナが協力してくれることで解決する。

ここまでは、順調な筋書きができそうだった。


「それじゃ、海の民の国マルシャルまで、案内を頼めるかい?」

「そいつは構わないよ。ただ、まだ鎖国中じゃ。連中をあまり刺激したくはない」


ここで、モアナが言いたかったのは、スカイ商会の船団を連れて行くことの再考である。

海の民と話し合う前に、攻め込まれたと勘違いされて、一戦を交えるような事態は避けたいのだ。


「ああ、それなら『ネーレウス号』だけで行こう。」


スカイ商会の戦船も性能はいいのだろうが、ポートマス家が誇る最新鋭艦には敵わない。

ニックからも『ネーレウス号』へ乗り換えの了承をいただいたので、これで話はまとまった。


船長キャプテンチェスターは、モアナから進路を聞いて、船を出航させる。海賊バルジャック兄弟の小島を出航し、船首は南南西に舵を切っていた。


このまま航行した場合、『ネーレウス号』の船足から計算すると、およそ、二日後には海の民の島が見えて来るらしい。


この時期、この海は荒れることは、滅多にないそうだ。船の上では、戦力になれることが何もないレイヴン一行は、ゆっくりと体を休める。

海賊の首領たちと、激しい戦いを繰り広げた仲間たちにとって、いい休息になった。


久しぶりにのんびりとしながら、レイヴンは今後の展開に思考を巡らせる。

スカイ商会の実績と知名度は、間違いなくセールスポイントとなり、開国後の交易メリットを生むことの保証にはなった。


ただ、それだけで、果たして上手くいくだろうか?レイヴンは、ここで鎖国に至った経緯を紐解く必要があると考えた。


それを知る人間は、今、この船には一人しかいない。

レイヴンは、元首の娘であるモアナの元を訪れることにした。


「休んでいるところ申し訳ないが、少し、話してもいいか?」

「レイヴンだね。私は構わないよ」


了解を得られて、部屋に入るとモアナは部屋の奥、床に上に腰を下ろしている。

何をしているのかと思えば、ポートマス家の長男デュークの愛刀『千鳥』の手入れをしているところだった。


モアナは、古い油の拭き残しがないか、刀身の角度を変えながら丹念に見つめる。

その姿がやけに様になっており、レイヴンは見惚れるのだった。


「すまないね。一度始めたら、途中で止められないんだ。もう少し、待っとくれ」

「いや、急に押し掛けた俺の方が悪い。ゆっくりと仕上げてくれ」


会話をしながらも視線は刀剣に向けたまま、モアナは打ち粉でうっすらと砥石の粉を付けた後、油布で刀剣油を染み込ませる。


最後にはばきをつけて柄を嵌めた。目釘を差して鞘に収める。

これで、ようやく『千鳥』の手入れが終わったようだ。


「これは、あの人の形見だから・・・大切にしないとね」


それはもちろん、そうだと思う。残された者にとって、亡くなった人との繋がりは、粗末に扱うべきではない。


「それで、話って何だい?」

「ああ、実は海に民が鎖国に至った理由を知りたいんだ」

「なるほどねぇ」


レイヴンの目的を考えたら、それは当然、知っておくべきことだろう。モアナは来訪の理由に納得した。

ここで、彼女がレイヴンに話したのは、三百年ほど前に時代を遡った話。


当時、戦乱に明け暮れていたマルシャルは、秩序なく貧困にあえぐ民が苦しみの声を上げていた。

そこに登場したのがウィーブ家という軍事勢力。当主の核心的なアイディアや行動力により、あっという間に勢力を伸ばし、国内統一の目前にまで迫った。ところが、部下の裏切りによって、その当主が斃されると失速する。


そこで代わって台頭したのが、モアナの実家バーチャー家ともう一つアバンダ家。

両家とも、元々はウィーブ家の家中であったが、主家の求心力がなくなったところで独立したのだ。


その後、互いに協力しながら、裏では権力争いをしつつ両家の力を持ってマルシャルの国内統一がなされる。

そして、権力争いで一歩も二歩もリードしていたバーチャー家を元首、アバンダ家を副元首とする国家が誕生したのだった。


その際、両家によって、今後の国の舵取りについて話し合われたのだが、その中で決まった政策の一つが鎖国なのである。


この決定に至った理由は、ウィーブ家を裏切った家臣の背後に外国勢力の介入があったことが判明したためだった。

災いの種を摘み取る目的と元の主家に対する配慮から、この政策が生まれたようである。


「でも治世の世が、三百年も続いているんだよな?今さら、災いの種なんて、気にする必要はないんじゃないか?」

「それは私もそう思う。実際、少人数ながら、国外に人が出るのは、認められておるしのう。鎖国にこだわる必要はないはずじゃ」


モアナが、マルシャルを飛び出したのは、『海の神殿』に住まう魔獣を倒す助っ人を探すため。その他でも、人材育成の観点から、諸国に留学する人間は、毎年、数名はいるそうだ。

外の世界を、全て危険視している訳ではないことが十分分かる。


「それで、なぜ開国しないんだ?」

「私から言わせれば、頭が固いだけじゃのう」


その理由が本当なら、単純だが、一番、厄介かもしれなかった。

損得や理屈が通らない保守的な考えを持つ人間を変えることは、なかなか骨が折れる。


レイヴンが海の民に示せるのは、交易によるメリットと魔獣を倒す事による治安維持の二点だけだ。

海の民は、恩義を重んじると聞いたことがある。後者をどれほど評価してくれるかが鍵になるか・・・


「分かった。ありがとう。マルシャルの実情を把握することができたよ」


レイヴンは、モアナに礼を言うと部屋を辞した。分かったのは、話し合わなければならないのは、バーチャー家とアバンダ家の両家。


元首の家はともかく、副元首の家とは、どう接触すればいいだろうか?

両家の関係性も交渉の中では、うまく利用しないといけないかもしれない。


船上では、特にすることがないレイヴンには、考えるだけの時間はたっぷりとあった。

マルシャルに到着するまでの間、頭が焼き切れるのではないかと思うほど、フル回転させる。

後日、これなら、戦闘していた方が、まだ楽だった振り返る、船旅を過ごすのだった。

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