第63話 敵討ち
海賊バルジャック兄弟のアジトは、かつてないほどの混乱に陥っていた。
首魁の一人である弟のオロチは炎を操る美女の手によって
その後、行方が分からなくなっていた。
話はそれだけで終わらない。名刀『千鳥』を片手に海賊のアジト内を無双して回る女性と、その近くで歌を歌う少女の存在が、更に混迷の度合いを強めていった。
何とも珍妙な組み合わせだが、彼女たちの動線上には何人もの海賊たちが倒れている。相対する荒れくれ者どもにとって、恐怖の的となるのだ。
これはもちろん、モアナとアンナの二人である。
いつもの鉄笛がない森の民の少女は、戦う武器がないため援護に徹し、とどめは海の民の女性の太刀捌きに頼った。
このコンビネーションに、海賊たちは非常に手を焼く。
アンナのスキル『
『
この組み合わせが絶妙に嵌り、向かうところ敵なしの快進撃を続ける。
また、モアナの記憶が戻ったことで、このアジトの内部構造も思い出していた。敵の首領がいる部屋まで、最短ルートを迷いなく進むため、その足が鈍らないのである。
「もう少しで着くよ。オロチの野郎は雷、ハイデンの鼻たれは毒を使う。一応、頭に入れといとくれ」
「は、はい。分かりました」
口の悪いモアナに、まだ慣れないアンナは、つい返事が裏返ってしまった。そんな少女の背中を豪快に女性が叩く。
「記憶を失っていた私を、あんたはずっと励ましてくれていた。・・・アンナとは長く付き合いたいんだ。そんな気を使わないでいいんだよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
叩かれたはずみでむせ返ったアンナだが、モアナの言葉は正直嬉しかった。性格は変わっても、やはりモアナであることに変わりはないと感じたのである。
狭い通路をともに走っていると、二人の足がピタっと止まった。彼女たちの目の前は、突き当りになっており、いかにもという扉がある。
モアナ曰く、ここがアジトの最深部で首領の部屋との事。決着をつけるべく、入室を促された。
「準備はいいかい?カチコミをかけるよ」
実際、オロチもしくはハイデンが、この部屋にいるかどうかは分からない。
但し、在室していた場合、先ほどモアナに教えられた攻撃が、いきなり飛んでくる可能性があった。
アンナは、一応、その覚悟だけは持っておく。
その前にレイヴンたちと合流すべきではないかという考えが、頭をよぎったが、彼らも最終的には、この部屋を目指しているはずだ。
ならば、先に多少の露払いをしておいても損はないと、腹をくくったのである。
「分かりました。行きましょう」
いい返答に頷くと、モアナは三つ数えたら、突入すると宣言した。
アンナは心の中でカウントを始める。
『3、2、1』
息ピッタリ、二人同時に飛び込むと、そこには驚いた表情をしている鷲鼻の男がいた。
誰かは分からなかったが、風格から首魁の一人に間違いないとアンナは察する。
すると、その男に向かってモアナが吠えた。
「オロチ!あんた、一人かい?ハイデンと・・・何て言ったかねぇ。偽貴族みたいな野郎は、ここにはいないのかい?」
モアナの問いにオロチは答えない。何か混乱しているようにアンナの目には映った。
よく考えれば、その理由は納得できる。牢獄に捕らえているはずの二人が、突如、現れたら、誰だって理解は追い付かないはずなのだ。
「どうやって、抜け出した?」
「間抜けなあんたの弟が、この『千鳥』を近くに置いて行ったのさ」
脱獄できた理由を知るとオロチの鷲鼻がひくつく。苛立っている様子を隠しきれないようだ。
「あの野郎。おっちぬだけじゃなく、とんでもないヘマをやらかしやがったのか」
「へぇー、ってことは、死んじまったのかい。あの人の仇は、私がとろうと思っていたけど、仕方ないねぇ。・・・あんた一人で我慢しておくよ」
「ぬかせ!」
『
モアナは、アンナを突き飛ばしてオロチの射程から外すと、自分は『
「動くんじゃねぇ」
ますます苛立つオロチは、狙いを変えることにする。モアナと同じ事を深緑のフードを被った少女が、できるとは思えないのだ。
つまり、アンナに雷撃を放てば、モアナが庇うために、動きを止めるだろうと予測したのである。
『
「てめぇ、今、何しやがった?」
「何って、雷を斬っただけさね」
さらりと飛んでもないことをモアナが口にした。
『雷を斬る?』
アンナは、想像を絶するモアナの神業に驚く。
そんな事が人の手に可能なのだろうか?いや・・・可能だからこそ、今、アンナは生きているのだが・・・
「この『千鳥』はあの人のスキル『
「そ・・・そんな馬鹿な話があるか」
オロチは信じられないとばかりに、続けて『
自慢のスキルが破られたのは、これで二度目。一度目は、『ネーレウス号』への攻撃を無効にされた件。
そして、今、モアナの技とスキルの前に、完全に通用しないという現実を突きつけられる。
呆然自失となるバルジャック兄弟の兄にモアナは、追い込みをかけた。
「あの人の仇、ここで討つ」
エルフィーからも剣の達人と評されたモアナの剣の腕前。
オロチを斬りつける姿は、まるで舞を踊っているような美しさがあった。
体中に、無数の切り傷を受けたオロチが膝をつくと、モアナはとどめの構えを取る。
『
刹那の動きで駆け抜けたモアナ。遅れて、オロチの首が宙を舞い床に落ちた。
血を払って、天を仰いだ碧い髪の女性の目には、うっすらと涙がにじむ。
婚約者の命を奪った憎き相手を、この手で討つことができたのだ。まさに本懐を遂げたというところ。
天にいるであろうデュークに、その報告をしているのだ。
これで、海賊のアジトにいる首魁は全て討ち取られたことになる。
混乱するバルジャック兄弟の海賊団は、
決着がつき、達成感に満ち溢れた首領の部屋。そこにレイヴンたちが遅れて、登場するのだった。
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