第61話 カーリィの活躍

イグナシア王国港町ダールドの沖にある小島。

海賊バルジャック兄弟のアジトにおいて、その首領たちとレイヴンたちの戦闘が、今、始まったところだった。


強面の海賊、ハイデン・バルジャックと対峙するのは砂漠の民ヘダン族の二人。

相手が『猛毒ヴェノム』のスキルホルダーであることは承知済み。カーリィとメラは、敵のスキルを警戒しながら距離をとった。


だが、ハイデンの方はお構いなしに、間を詰めて来る。

女性二人の能力を把握していないはずだが、これは完全に舐めている証拠だ。


「ガハハハッ。あの黒髪、いい女を連れているじゃねぇか。俺の毒で殺すのは勿体ない。下手に苦しみたくなかったら、とっとと降参しな」


いきなり降伏勧告をしてくるが、もちろん応じる気も、その必要もない。

カーリィとメラは、再び距離を取ると、左右、二手に分かれて、挟み撃ちの態勢を敷いた。


「やろうってんなら、容赦しねぇぞ」


ハイデンは背後にも注意しながら、まず、前方にいるカーリィめがけて、『猛毒ヴェノム』で毒を噴射する。

彼女のスキル『無効インバルド』は、相手のスキルを無効にするのだが、スキルによる物理攻撃までは防ぐことができなかった。


つまり、もっと分かりやすい例では、スキルで肉体強化した敵が投げた槍に対して、『無効インバルド』は効力を発揮しないのである。


この『猛毒ヴェノム』の場合も、スキルで作り出された毒自体には、『無効インバルド』は通用しなかった。

まともに喰らったカーリィは、その場に倒れ込んでしまう。


「姫さま!」


メラは主筋の族長の娘を心配して叫んだ。但し、その言葉とは裏腹に、しっかりとニードルはハイデンに向けて投げつけている。


強面の海賊は、それを避けるのが間に合わず、とっさに太い左手で急所に当たるのだけは避けるのだった。

刺さったニードルを抜き取ると、先端から滴る自分の血を舐めるハイデン。


「痛てぇじゃねぇか。嬢ちゃん」


ギロリと睨みつけて、凄んだ。しかし、すぐにその表情に苦痛の色が浮かぶ。

よく見ると、ハイデンの右足首に白い紐が巻き付いているのだ。


それはもちろん、カーリィが常に使う白い紐である。


「・・・おい、俺の毒を喰らったんじゃねぇのか?」

「そりゃ、見てた通りよ。思っていたよりも苦しかったわ」


ただ、カーリィの手にある空の瓶を見て理解した。恐らく解毒剤を服用したのだろう。

しかし、ひとえに解毒剤といっても、その種類は数多くあるはずだ。


実際、ハイデン自身、自分のスキルは何の毒が効いているのか理解していない。それなのに、事前に適合する解毒剤を用意できるものなのか?


「ダールドでレイヴン相手にスキルを使ったのが間違いね。この島に上陸する前に、ピッタリの解毒剤を渡してくれたわ」


だからと言って、ためらいもなくハイデンの『猛毒ヴェノム』を受けるあたり、カーリィの肝っ玉の太さには驚かされる。

まぁ、そこには、レイヴンに対する信頼が高いという事も関係していると思われるが・・・


「・・・ぐっ・・・」


カーリィに捕まったスキルホルダーは、スキルを封じられるとともに体力までも奪われる。

それはハイデンも多分に漏れなかった。反撃する力を失い、その場に膝をつく。


「・・・やるじゃねえか。だが、その細腕でどうやって、俺に止めを刺すつもりだ?」


スキルを封じているからといって、迂闊に近づけば、あの太い腕に捕まってしまうのだ。

遠くから、メラのニードルを投げつけるにしても、急所だけを守る防御に徹しられた場合、簡単に止めを刺す事はできないだろう。


結局、女の力では、自分を殺せないとハイデンは高を括った。


「そうね。以前の私なら、スキルを封じることしか出来なかったけど、今は違うわ」


そんな海賊の希望を打ち砕くように、カーリィは握る白い紐に力を込める。


炎の紐フレイムロープ


呪文とともに、ハイデンを捕らえている白い紐が赤く燃え上がった。

これは、精霊サラマンドラからカーリィが授かった力である。


火の精霊、最上位に位置するサラマンドラの炎は、敵を焼き尽くすのに十分な威力を持っていた。

ハイデンの全身は、炎に包まれ苦痛の雄叫びを上げる。


燃えているというのにカーリィの紐は、一切、焼き切れることがなかった。

つまり、スキルも体力も奪われているこの状態では、どうすることもできない。ハイデンにはなす術がないのだ。


「ぐわぁぁあ」


白い紐を引きちぎることもできず、身を焼かれたハイデンは、その場に倒れ込んで動かなくなる。

ヘダン族二人の完勝だった。


難敵の一人を撃ち破った、カーリィとメラは、もう一つの戦闘に目を移す。

すると、そこには予想もしていない展開が広がっていた。


あのレイヴンが、敵のスキルにはまり、身動きが取れなくなっているのである。

すぐに救援に向かおうとするメラを、カーリィが制した。


「待って、何かクロウくんと話しているみたいよ。何か作戦を考えているのかもしれないわ」

「分かりました。いつでも動けるようにだけはしておきます」


主筋に指示に従う侍女は、黒髪緋眼くろかみひのめの青年と黒い鳥の動きに注目する。


「クロウ。俺は動けないが、お前はどうだ?」

「この体、嗅覚は鈍いみたい。僕は動けるよ」


その確認をとったレイヴンは、エルフィーが近づいてくるのをジッと待った。

敵はステッキの中の仕込み刀を抜いて、近づいてきている。


飛んで一気に届く距離まで来た時、彼が持っている瓶をクロウに奪ってもらうという作戦を打ち合わせた。

レイヴンが動けないことから、肩の上のクロウも動けないと思い込んでいるだろう。


もしかしたら、それ以前に黒い鳥の事など眼中にもないかもしれない。

その油断をつこうというのだ。


案の定、エルフィーは何の警戒もせずにレイヴンに近づいてくる。

それは自分のスキルに自信を持っている表れかもしれないが、この場合は過信となり、致命的なミスとなった。


「今だ」


レイヴンの指示に従い、クロウはエルフィーの顔の前で大きく翼を広げる。とっさに『麻痺香パラリシス』を持つ手で、顔を守ろうとするのだが、次の瞬間、瓶をクロウに奪われてしまった。


挽回しようと、仕込み杖を振り回すが、既に射程圏外に逃げられた後の事。

完全に想定外の出来事に、まんまとしてやられたのだった。シルクハットの帽子も外れ、髪を振り乱したエルフィーは、クロウを睨みつける。


「このくそカラス!何しやがる」

「おいおい、さんざん紳士ぶっていたが、ついに地が出たな」


麻痺香パラリシス』の香りがなくなり、自由になったレイヴンはすかさず、『返品リターン』を使った。

港町で受けた矢の攻撃、空弾を放つ。


何とか、その攻撃を躱したエルフィーは、服に着いた埃を払って、気持ちを落ち着けた。

トレードマークのシルクハットも被り直す。


「調子に乗らないで下さい。『香水パフューム』の種類は、まだまだあるんですよ」

「かもしれないが、スキルの正体さえ分かれば、対策も打てるんだよ」


負けじと言い返すレイヴン。両者の睨み合いは続くのだった。

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