12.できること

「ハンナ、こんなにいい天気の日に朝から黒魔術の本に囲まれていては、皆さんが声をかけづらいみたいですよ」


 おどろおどろしい内容の本から顔を上げ、朝からいつもと変わらずあけすけな物言いのサラサを見返す。


 サラサに言われた通り、既に登校した淑女学校の同級生たちの遠巻きさはいつも以上な気がしないでもない。


「……サラサ……呪いってどうすれば解けるんだろう……」


 昨日ルド様と話してから、私はひとまず呪いを解くべく黒魔術関連の本を家と淑女学校で借りて読み漁っていた。


 黒魔術や呪い関連の本ばかりを借りる際、アラン兄様と淑女学校の図書館司書さんの、詳細を聞くに聞けないような表情が忘れられない。


 とは言え、手に入る本はあくまでも一般的な知識や抽象的なものがほとんどで、なんとなくだった黒魔術の知識を補填する程度の結果にしかなってはいない現状である。


 昨日今日で眺めた本の内容では呪いを解くどころか、呪いをかけることすらできそうにない。とは言え、読めば読むほどに、人を呪わば穴2つ。関わるものではないように思う。


 呪いは黒魔術の分野の一つではあるが、一般知識として学ぶことはあっても他の魔法や魔術とは一線を画すと言うのは改めてよくわかった。


 呪いなんてものに自ら関わるのはその筋のプロか、そのプロに大枚を注ぎ込む者くらいではなかろうか。一時的な感情で、興味本位に首を突っ込むのはお勧めできそうにない。


「ガロウから多少伺いましたけど、また面倒なことですね。中途半端に介入するとこちらまで面倒を被りそうな案件ですよ」


「ですよね」


 がっくりと肩を落とし、取り付く島もないサラサの言葉に私は頭を抱える。


「……ちなみに、その机の上に散らばっている紙切れはなんですか?」


 散乱する黒魔術の本の下から見えている紙切れの一部に気づかれ、あわあわとサラサから紙束を隠すが、努力も虚しくスッと一枚取られてしまった。


「……まさか、こちらはハンナが書いたのですか?」


 抜き取った1枚ーー札状に切った紙に、本の内容を見よう見真似で書いた手作りの護符を、サラサはしげしげと眺めた後に真顔で聞いてきた。


「いや、えっとその……意味ないとは思うんだけど、せっかく読んだしと思って……」


 謎の恥ずかしさで顔が熱い。ぶわわと変な汗も吹き出してきた。あまりの動揺にくらくらしてくる。言うなれば、密かに書き記していた日記を見られたような謎の恥ずかしさだった。


 変な汗を大量にかきながら、返してとサラサの手から護符を引ったくろうとするも、するりと避けられ謎の羞恥プレイは継続されることとなる。


「手描きの護符に……これは魔具? 的なものをハンナが作ったのですか?」


「いや、もう本当にそっとしといてください……っ」


 更にしげしげと、必死に隠そうとしている私の持ち物たちを観察され、更に体が熱くなる。


 護符以外にも、身代わり人形から防御の魔法陣、果ては守り袋から盛り塩まで。古今東西の本で目についた、呪いを防いだり解呪の効果があると書かれていたもので、何とかできそうなものを片っ端から作ったり、探したりしてみていた。


「昨日の今日で、1人でこんなに?」


「……む、無駄かなーとは思ったんだけど、呪った相手も素人? かもだろうし、正直呪いを解くなんてできないとは思うんだけど……」


 モゴモゴと1人で言い訳をしながら、あまり上出来とは言えない作品たちをそそくさと片付ける。


「……ハンナ、あなたルド・ヴァレンタイン様に惚れましたの?」


「いや、全く惚れてないからっ」


 サラサの手から護符を取り返そうと手を伸ばした瞬間に発された言葉に反射的に反論する。なんとか護符を取り返すことには成功した。


「いえ、だってハンナ、こんなに?」


「や、本当にそんなことはないからっ! 本当に全くっ!」


「ハンナ、別に好きになっても全く問題ないとは思いますよ?」


「本当に一回そこから離れてサラサっ!」


 まだ何か言いたげなサラサを押し留め、否定すればするだけ怪しい流れをひとまず断ち切る。


 カッカと火照る身体を手でパタパタして風を送り、額を伝う汗を拭う。一呼吸するも、全く身体が落ち着いていないのがわかる。


「サラサ、本当にそう言うのじゃなくて、ちょっと頼ってもらえたのが嬉しかっただけで、それにーー……」


 そう、それだけ。少しばかりボディタッチが多くて、思ったよりも優しくて、王子様だったけど、女の影が多い時点で私にとっては。……けど。


「……困ってるのかなと思って……」


 私に何かできることがあるなら、役に立てたら嬉しいと思っただけ。あと、婚約破棄に必要なだけ。


「……ハンナがそう言うならそれでいいのですけど、相変わらずのお人好しですね」


 ため息をひとつついて、呆れたように苦笑しつつも、ひとまず引いてくれたサラサに胸を撫で下ろす。


「私も及ばずながら考えてはみたのですが、白魔術教師のシルフィア先生に伺ってみてはいかがですか」


「シルフィア先生?」


「どうかはわかりませんが、その道を知るには対極を知る必要もあると思いますし、多少なりは協力してくれるかも知れませんよ」


「……なるほど、確かに」


 黒魔術の対極に位置する白魔術は、言うなれば癒しの魔法。黒魔術の呪いを解くヒントを貰えるかも知れないと、私は握った右手を左の手の平にポンと打ちつけた。

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