晴れたら…
少しだけ、王宮での生活にも慣れてきた。
厨房の、ハンナさんと、顔見知りになったお陰で、食事の時の緊張感は、かなり和らいだと思う。何となく、見守ってくれている空気を感じるから。
あとは…僕の仕事だけど、どうやら新入りの僕は、第二王子の着るタキシードの上着の後ろの裾、テイルの部分を担当する事になった。
襟や前身頃などの目立つところは、やはり熟練者の仕事のようだ。
それでも、僕が重要な仕事を任されている事には、変わりない。
【⠀庭で刺繍してきても良いでしょうか?明るい場所の方が作業が
僕は、ダメ元でエマさんにメモに書いて渡してみる。
この暗い部屋で、慣れてない人達と一緒に篭っての作業は、少しキツいと感じていたから。
しかも、今日は外がとても良い天気だった。
「まぁ、良いわ…貴方の腕は確かだし、より良い物になるなら…」
意外にもアッサリと了解が貰えた。
大きめのバスケットを渡される。
布は絶対に汚すな…という圧は感じる。
ぺこりとお辞儀をすると…
僕は外へ出た。
心地よい緩やかな風と、穏やかな陽射し、こんな日は、外で縫う方が気分が変わるので好きだ。
何より、布目と糸目がよく見える。
的確な場所に針を落とすには最適なのだ。
しっかりとバスケットを抱える。
この間、厨房のハンナさんから勧められたあの木の椅子が良さそうだ。
太陽に暖められた椅子に座る。ふわりと暖かい。
それに、ここなら厨房からの香りが辿り着くので、昼食の時間も逃さない。
僕が、集中して針を進めていると、真っ白な絹の布に、黒い影が落ちる。
ん?と思って顔を上げると。
にこやかに微笑むアルさんが居た。
思わずヒヤッと声を上げそうになる。
「あれ?今、ちょっぴり声が出た?」
アルさんが嬉しそうに言う。
「こんなとこでお仕事かい?」
コクリと頷いた。
「横、良いかな?」
言われて僕はバスケットを反対側に置く。どうぞの印だ。
ふと目に入ったのは、腕の大きな傷痕。痛々しいし、新しめの物に見えたので、じーっと見てると、アルさんが
「これ?この間、ちょっと失敗したんだ…心配してくれてるのかな?」
なんとも返し難い問いに、僕は困った。
兄2人も良く傷を作っていたが、それは剣術をするからこそ出来る男らしさの象徴で、剣術の出来ない僕には、羨ましい傷だった。
僕に出来る傷は、指先にチョコンと、刺し間違えた針の跡程度だから。
まさか羨ましい…とは言えないし。
そもそも喋れない。
「良かったよ…あの夜の事が嫌で、王宮から家に帰ってしまったので無いかと思ってたから…」
僕は、そんな事で仕事を投げ出したりはしない。
「仕上げて貰えないと、俺も困るからね」
何のことだろうか?
困るのは、式典で着る第二王子だろうが…
まぁ、騎士として、式典に護衛で参列するからかな?と考えた。
それだけ大事な式典なのだろう。
「邪魔したね、元気で、やってるなら良いんだ…何か困ってないかい?」
大丈夫です…という意味で頷いた。
「また、ここに来たら、会える?」
僕は、指を天に向ける。
「あぁ、天気次第って事だね」
ハハハと笑って、じゃあまたね…と去っていった。
急にどこからともなく現れる人だ。
何となく言葉使いや、身のこなしから、身分は高そうだが…
実際は、よく分からない。
こんな末端の僕に話しかけてくるなんて、よっぽど暇なんだろう…
あ、良い匂いがしてきた。
そろそろ昼食だな。
ハンナさん、今日は何を作ってくれたのかなぁ。
僕は、ゆっくり針を置いた。
次の日は、雨で…
室内で針仕事をした。
その次の日も曇りで、庭の木の椅子が濡れていてはダメだと思い…
外には出なかった。
やっと晴れた!快晴だ!
僕は意気揚々と庭へバスケットを持って出た。
すると、庭の木の椅子には、既にアルさんが座っていた。先約かぁ…
今日は庭での作業は無理だなと踵を返して元来た方へ向かった。
足音がしたな…と思ったら、突然誰かに手首を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待って…なんで帰るんだ?」
僕は振り向いた…
僕の手を掴んだのは、アルさんだった。
なんでって…アルさんが座ってたから、僕はお邪魔だろうと…
と、言葉に出来ないのがもどかしい。
「そんな困った顔されちゃうとなぁ…待ってたのに…」
残念そうに言われ、全く意味が分からない。
掴まれたままの手を引かれ、木の椅子へと戻される。
「晴れたら来るって教えてくれただろ?」
と笑顔で言われる。
アルさんは先に座り、隣に…と僕の手を引き寄せた。いつの間にか繋いでいた手は、まだ離されない。
えっと…どうしたらいいのかな…
無下にも出来ないし…
「あぁ、ごめん…繋いでたら、仕事出来ないよね」
サラリと離された手、少しだけ寂しいと思ってしまった。
なんで寂しいとか…自分の気持ちも、よく分からないまま、僕はバスケットから絹の布と針と糸を取り出し…
縫い始めた。
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