第19話★

 何か得体のしれないものに呑まれ我を見失ったとき、その声は聞こえた。

 優しくて、自分を包み込んでくれるような声。

 決して大きくはないのに、闇を割く光のように耳に響いてくる声。

 その時には既に自我がなく、記憶もほとんど残っていないのに、その声、そしてその声の主が隣にいたことだけははっきりと覚えている。

 彼の存在が温かかった。

 彼の存在が心地よかった。

 こんな感覚は初めてだった。


          ***


 しばらくして、志藤さんが目を覚ました。上半身を起こすと、彼女は状況を把握できていないのか、目をパチパチとしている。

「おはよう、志藤さん」

 彼女を驚かせないよう、ゆっくりと声をかける。


「……桂くん?」

 よかった。どうやら名前は覚えてもらえていたらしい。あれだけ睨まれていたので、もしかすると覚えてもらえていないのではないかと不安だった。

 しかし、彼女は身を引き、警戒心をあらわにしている。


 シャッ


 その時、各ベッドを区切るカーテンが開かれた。

 保健室の養護教諭が入ってくる。

「あ、志藤さん、目を覚ましたのね」

「あ、はい。ご心配をおかけしました」

 志藤さんは頭を下げる。

「いいの、いいの。これも仕事だもの。それよりも、私よりそこの桂君にお礼を言いなさいな。眠ったあなたをここまで運んできてくれたのよ。勉強で昨日夜遅くに寝たのかはわからないけど、寝不足になるまでするのは控えなさい」

「……はい、すみません」

「わかってくれたならいいわよ。あ、桂君、私はこれから用事があるから、志藤さんのことを任せてもいいかしら」

「はい、大丈夫です」

「ありがと。今はあなたと志藤さん以外にこの部屋にはいないけど、もし他にも誰かきたり、私に用ができたりしたら職員室までいらっしゃい」

「はい、わかりました」

「それじゃ、よろしくね」

 そう言って、先生は保健室を後にした。


 保健室に俺と志藤さんの二人が残される。

「……」

「……」

 静かな保健室に秒針の音が鳴り響いていた。

 しばしの沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは志藤さんだった。

「その……、運んでくれてありがとう」

「いや、いいよ。それよりもこの間はごめん。歌ってるとこを覗くような真似をして」

「あのことはいいわ。鍵をかけてなかったから私にも非があるし。人に見られたのはやっぱり恥ずかしいけれど」

「あまりにも志藤さんの歌っている姿が綺麗で見惚れてた」

 その瞬間、彼女の顔が一気に赤くなる。彼女はその顔をかけ布団で隠すようにした。

「で、話はそれだけ?」

「えーっと、こここからが本題なんだけど……。その、ごめん、あの教室での出来事を見てしまった」


「……」

 志藤さんが黙る。

 俺は言葉を続ける。

「志藤さんの周りに幽霊が現れたこと、奇怪な笑い声が聞こえてきたこと。志藤さんたちの身の回りで起こったこと全部」

「……そう。それは悪いことをしたわね」

「それでなんだけど、志藤さんのこと、あの怪現象について教えてくれないか?」

「……いいわよ。といっても信じてくれるかは分からないけど」

 すると、彼女は自身のことを話し始めた。

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