【37】紙一重でも敗北は敗北

 ロストとの待ち合わせ日より俺は1日早く到着することに成功した。

 場所は80階層だとか。

 アイツ80階層が好きなの?

 前回も81階層だったよね?

 しかし今回はボス部屋を選択したようだ。

 どういう意味合いかは知らねーけど、邪魔者が来ず、制限なく戦える場所ってところかもね。


 いいでしょう!

 色々言ったけど、なんだかんだで今回俺はアイツと対峙するのを少し楽しみにしている。

 まぁ勝てないことは百も承知。

 ただなんだろう。

 今回アイツと戦うことが、俺の覚醒促進には絶対的に必要な気がするんだ。


 勿論負けたくて挑みに行くバカは居ないと思うけど、何となくなんだけど、これは避けて通っていいことではない気がするんだ。

 あのホッペタに喰らったグーパンは脳みそ飛び出るかと思うほど痛かったから、もう勘弁願いたいんだけどね。

 本音は痛いの嫌だよ。


 だぁーって俺、前世では喧嘩とか無縁の生活をしてきたんだもん。

 ロストのクソでかい図体ずうたいに赤い目、荒い鼻息に低い声。

 まじでビビりますって!


 でも少し意外なことを手紙で発見することが出来た。

 アイツ字がめっちゃ綺麗!

 しかも女の子のような字。

 くっそ笑ってしまったが、全文を読んだ時に吐き気がしたのも覚えている。


 だってアイツ、ゲロ強いんだもん。


 前回は不意打ち+赤子のように捻り潰されたが、今回は違いますよ。

 ええ、ええ。負けると分かっていても弱者による弱者の悪足掻きってものを、ロストさんに見せてやるつもりです。


 いーっぱい罠を仕掛けてやるんだからね!


 攻撃のみに専中した大規模な魔法陣に。

 中規模魔法陣は回復に専念。

 小規模魔法陣に関してはトラップ的なものをバチクソ用意してやった。


 ぶっちゃけ意味があるのは中規模魔法の回復くらいだろうけどさ、さっきも言ったけど悪足掻きよ!わ・る・あ・が・き!


 何にもしないより何でもする。

 0%が0.1%にしかならなくても、可能性があるなら何でもしないとね。

 それはロストとの戦いに限ったことではない気がする。

 自分の限界を知ることは絶対的に大事な事である。

 しかしながら、限界を知ったならば超える可能性があるかもしれないということにもなる。

 当然頭打ちはあるだろう。


 ただそれを決めるときは死ぬときでも遅くない。

 生きてるうちは足掻き続けるしかない。

 時間とは全ての人に平等でもあるが、有限である。

 無駄な時間は無いということに早めに気付いたものが、結果勝ち組になっていると思う。

 鬱になり進めなくなり、立ち止まっても、前だけは向いていないと、下を向いてしまうと進めなくなる事を俺はよく知っている。


 全然関係ない話に飛んでしまったが、要するに言いたいことは1つだけだ。


 諦めるな!


 こういう事を言うと、諦めなかったら今の苦痛から解放されるのか?

 精神的に楽になれるのか?などと言われることが多々あった。

 はっきり言おう。

 嫌なことから逃げ続けても、必ず同じ壁はやってくる。

 どこで突破するかだけの問題と、俺は思う。

 お前が歯を食いしばって前を向き、弱点を認め向き合わない限り、死ぬ瞬間に後悔しかないだろう。

 これは前世の俺に言えるのかな……


 さて、なんだか無意味に熱く語った所で本題に戻ろう。


 罠の仕掛けも終わり携帯灰皿の中身を10回ほど捨てる量のタバコも吸い終わる頃に、アイツがやってきた。


「ゴッホゴホゴホ……貴様!なんだこれは!」


「あー来たのか。すまん、俺が吸ったタバコの煙だ」


「視界を失うほどこの空間が真っ白になってるではないか!

 異常だぞ!貴様の吸い方は!」


「まぁいいじゃねーか。それより俺はお前が意外と乙女な字を書くことに驚いたぞ」


「黙れ!弄るな!そんな事より、さっさと始めるぞ。お前の現状を見てやろ……あいたー!」


 俺はこのとき思った。

 コイツ最も古典的なトラバサミにかかるって、結構物理攻撃が効くんじゃね?


「姑息な真似を……」


「弱者には弱者の戦い方があるんでね」


 そう言いながら俺はロストの背後に回り、魔王軍幹部達の首を散らした蹴りを100%の力で蹴り込んだ。

 手応えはあったが、全く効いていない。

 足を掴まれそうになった所で、大規模魔法で火炎・氷結を発動。

 怒涛の攻撃を叩き込んでいく俺。


 時間が長くなればなるほど不利になるのは分かっている。

 時間との戦いだ。


「ほう。やるではないか。久しぶりにダメージを感じるぞ。

 なるほど……遂に人間をやめて精神体へなったのだな」


「ああ、そうだ」


 戦闘中の無駄な会話が続く。


「だが何を目指すかは定まっていないようだな」


「分かってたら、この時点でお前を倒しているだろう」


「それもそうだな。

 うむ。では、そろそろ貴様の本気を見せてもらおうか。

 全力でぶつけて来い。叩きのめしてやろう」


「全然余裕じゃんコイツ。クソが!」


 あの時より俺も強くなりコイツの動きが見えている。

 とは言え、会話の流れ通りで、全く本気を出していないロスト。

 これが圧倒的なレベルの差というものだ。

 この世界においてレベルとは絶対的な数値なのである。


「お前と戦うために編み出した今の最終奥義!

 全力奥義!獄炎豪拳ごくえんごうけん!(威力は10%の力で打ち込んでも、魔王軍を一撃で灰にするレベル)」


「ぐっ……なるほど。これはなかなか素晴らしい」


「全然効いてねーのかよ……」


「いや、よく見てみろ。

 今の貴様にしてはよくやったと褒めてやろう。

 我の左腕が吹っ飛びおったわ」


「嬉しくねーよ」


 吹っ飛んだ腕の傷口は、もう既に塞がり元の腕が生えてきており、結果としてロストは無傷で俺の全力を受け止めた。


 簡単に言うと俺は2度目の敗北を喫した。


「人間よ、名を聞いておこう」


「ザハル。ザハル・ジェンノだ」


「ザハルか。では次に手紙を出すときはザハルと書こう。

 名を聞いておらず強い人間としか書いていなかったからな」


「そうかよ。そりゃ感謝だな。

 つーか、よくそんな宛名で届いたもんだよ」


「使者に任せれば造作もない」


「そういや、あんた偉かったんだよな」


「ザハル、次に会うときは我と同等か、それ以上になっていることを期待している。

 その為に己が目指すべき姿を見つけることだ。

 では、また会おう。

 此度はなかなか興じれたぞ」


 俺は全力奥義を使った反動と直後に打ち込まれた、ロストの顔面グーパンによって完全ノックダウンを喫していた。


「やっぱりバカ強いわ……

 キア、分身体になってタバコ取ってくれない?」


 俺はなんとか一服しながら考えていた。

 目指すべき姿か……。

 なんなんだろうなぁ。


「主、動けますか?」


「んーと、無理そうだから運んでくんない?」


「承知しました。しかしあの奥義を喰らい片腕を失いながらも、致命的な一撃を叩き込むんですもんねー。

 あの化け物は変態ですよ」


「なぁ、なるべき姿って何かの種族に拘らなきゃいかんのかね?」


「別にないと思いますが、例えば?」


「種族の掛け合わせ。単純なことを言うとデメリットを除いたハイブリッド仕様ってのもありだよね?」


「そうですね。例外はないですが、1つの形かもしれませんね」


「少し考えてみよう。でも少し寝させてくれ……」


「はい、ゆっくり考えてください。

 ごゆっくりお休みください。

 主、私はいつでも貴方様の味方ですからね」


 敗北を喫したが、今回の敗北は俺にとって非常に意味のある敗北だったと思える。


 そしてなによりキアの大切さを改めて再確認させられた日であった。


 キアに感謝。

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