第一四話 頼られたら断れない


 ソファーに腰を落ち着け、足を組むエリザ。


 むっちむちな太股を見せ付けるような体勢のまま、彼女は次の言葉を放った。


「この基地からやや離れた場所にある森林地帯。これを奪還していただきたく」

「……もう少し、詳しいことを教えてくれないか」


 首肯を返すと、エリザは獣耳を立てながら、ことの仔細を話し始めた。


「ソフィア以外の《戦乙女ヴァルキリー》は不完全な存在でしてな。というのも、我々を《戦乙女ヴァルキリー》たらしめているのは貴殿が創造された完璧な《神核》ではなく、それを模して創られた疑似 《神核》。一応それでも常人を遙かに超越した力を得ることは可能だが……」

「なんらかのデメリットが、生じている、と?」

「然り。わたしを含め、量産計画によって誕生した第一世代以降の《戦乙女ヴァルキリー》は様々な問題を抱えておるのです。それが生命活動の維持に支障のないものばかりだったなら、良かったのだが」


 曰く、彼女等には専用の「食事」が必要とのことで。


「もしもそれを摂取することなく、一月が経過したなら、我々の内側にある疑似 《神核》が全ての機能を失ってしまう。即ち、《戦乙女ヴァルキリー》から人間に逆戻りということだ」

「それは……死よりもなお、辛いことだろうな」

「然り。力を失えば我々はか弱い乙女に過ぎん。そうなったなら戦闘はおろか後方支援さえままならぬ」


 彼女等は女であると同時に、強い覚悟を秘めた戦士でもある。

 そんな者達にとって仲間の役に立てなくなるというのは、これ以上ない苦痛だろう。


「我々の食事は製造するためにいくつかの素材が必要となる。件の森林地帯ではそれら全てが採取可能だったがために、我々にとってはまさに要所中の要所だった」

「それを《眷属》に奪われた、と」

「うむ。かれこれ三月ほど前に、な」

「……食事の方は、大丈夫なのか?」

「こういった状況を見越して、けっこうな備蓄がされてある。とはいえ、それも半年ほどで尽きるだろう。そうなったなら」


 この拠点に住まう《戦乙女ヴァルキリー》達は、全滅する。

 それを防ぐためには、なんとしてでも件の森林地帯を奪還するしかない。


「本来であれば、復活したての大賢者殿に労働を強いるようなことはしたくない。だが……ここ最近は、問題事があまりにも多く発生している。それらに対処すべく人員を配置していくと、どうしても手が足りなくなってしまうのだ……」


 ここでエリザは深々と頭を下げて、


「大賢者殿。どうか、お頼み申す。我々を救ってくだされ……!」


 肯定を返せば、危険な戦場へと身を投じることになるだろう。


 そんな未来に対する恐怖は並々ならぬものだったが……しかし、「怖いから嫌だ」と、そのような返答を口にする気にはなれなかった。


 エリザはこんな俺に好意と信頼を寄せてくれている。

 その想いを裏切りたくないと、そう考えたがために。


「任せてくれ」


 堂々とした態度を装いながら、俺は受け答えた。


「有り難く存じまする。大賢者殿」


 安堵したような微笑を浮かべ、礼の言葉を述べるエリザ。


 ふさふさとした尻尾が快活に揺れ動く。


 そんな彼女へ、これまで黙していたソフィアが言葉を投げた。


「その任務、あたしも同行するけど、いいわよね?」

「うむ。わたしとしてもそのつもりだった。オズ殿の手腕であれば単身でもこなせるとは思うが……念には念を入れたい」


 そこまで言うと、エリザはこちらへと向き直り、


「ソフィアの他にも一人、手空きの人員をお付けしたいのだが、よろしいか?」

「あぁ」


 首肯を返した後、俺は「だが」と前置いて。


「任務へあたる前に、ちょっとした訓練をさせてほしい」

「訓練、ですか」

「あぁ。俺には君達の力に関する知識が何もない。当然、連携の仕方もわからない。こんな状態で任務に臨んだなら、成功率は大きく低下するだろう。確実を期すためにも、ここは時間を費やすべきだと思う」


 エリザは腕を組み、深々と頷いた。


「訓練に参加するのはわたしとソフィア、二名でよろしいか?」

「出来ることなら今回の任務に同行する《戦乙女ヴァルキリー》で固めたい。ソフィア以外の人員というのが多忙であるのなら、諦めざるを得ないが」

「それは……」


 なぜだか獣耳を伏せて、言い淀むエリザ。


 なんらかの事情があるのだろう。

 そのように察したがために、俺は次の言葉を投げた。


「わかった。エリザとソフィア。二人で訓練しよう」

「……申し訳ない」


 小さな謝罪に、俺は「気にするな」という想いを込めて、首を横に振る。


 それから二人に案内される形で、俺は基地の地下へと向かった。


 どうやら訓練場はそこに設けられているらしい。


 果たして、彼女等に連れられた場所は、広々とした殺風景な空間だった。


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