第7話 禁術

 オーウェンは瀕死だった。


「あと一回……よ!」

「ひ、あっ。ぐ、動悸が……!!」

「死なないで、オーウェンがんばって!! 生きて……!」

「ぐうぅぁぁぁあ!!」


 オーウェンは既に四回果て、息が細くなっている。

 でもあと一回――あと一回で、私たちは禁術を完遂できる。

 魔力が高まっているのか、振動する魔法陣の中、私は両手を伸ばしてオーウェンの頬を引き寄せた。


「愛しているわ……!」

「ゔ……ぐ……!」


 心から想いを囁いて、オーウェンを全身全霊で抱き締める――――五度目の愛を受け取ったその刹那、オーウェンは全身を戦慄かせ、白目を剥き、昏倒した。


 ビッカァアアァァァァァァァァン!!!

 

 その瞬間、突如として魔法陣の光が、目を灼く程に強烈になる。

 何も見えない、真っ白な世界――。


「オーウェンッ! オーウェンッッ!!」


 いったい何が起こったのか。

 光の中で彼を掻き抱く。

 

 ――刹那、ガシ、と力強く腕を掴まれた。

 

(え――――……?)


 強い、強い力だった。

 

 光が収束していく。

 青白い月明かりの下、私の真上にいるのは――

 

 鳶色の鋭い瞳。

 艶めく黒の長髪。

 蒼銀の巻き角。

 そして、竜を思わせる翼と尾を持つ――高位の魔族、インキュバス。

 

 その顔立ちと体躯は、若き日のオーウェンのものだ。

 

「……な、んじゃ、これ……力、が、漲る……っ」

「そんな、まさか――インキュバスに……!? えっ、お髭はどこに!?」

「わからん。……めっちゃくっちゃ怪しい伝承だ、とは……っ、思っとったが――まさか……こんな……。なるほど、魔族化、か……、禁術になるわけ、じゃ……」

「オーウェン――……」

「それより、リリアナ……お前――……」


 オーウェンが、掴んでいた私の腕を解放し、床にドンッと手をついた。

 覗き込まれ、さら、と黒髪が滑り落ちる。


「ふくふくしていたのに……しぼんどる――。子供に、なっとるぞ」

「――!?!?」


 どういうことなの!?

 慌てて自分の体を見下ろす――ない!

 自慢のたわわがなくなっている!


「!?」


 ど、どうして!?

 たわわが無くなっているだけじゃない。手足まで細っこくなった上、周囲の景色やオーウェンの体を大きく感じる。


(子供…っ!?)


 手鏡で確認しようにも、ポーチは魔法陣の外で取りに行けない!

 じたばたしている私の頬を、オーウェンが指の背で撫でた。


「のう、リリアナ。混乱しているところ悪いが……こんな溌剌とした気持ちは、久しい」

「っ……あ、う、うん……!」

「というわけでのう。……今更じゃが、五十年も儂を待たせた仕置きをしたい」

「え、え……」


 戸惑う私に、彼がニッコリと笑いかけてくる。

 人間の頃とは異なる、牙のように鋭くなった歯並びが、月夜の中で白々と際立つ。しかしその表情は、彼が若いころ、閨で何度も私に見せた馴染み深いものだ。

 視線を引き寄せられて、背筋にヂリッと電気が走り、鼓動が早くなる。


(こ、この顔は……)


「――よくも寂しがらせてくれたな?」

「え、え、え……ええぇえ~~~!?!?」


 泣いても謝っても許してもらえない時の顔だ―――!!

 叫ぶ私の上に、彼の体がずしりと重なった。

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