第32話 傭兵

 ラヴィポッドがホイッスルを思いっきり吹いた。


 突如として轟音が上がり、とある建物が内側から弾け飛ぶ。


 衝撃音や地響きは街ゆく人々に混乱を齎した。


 続けて、崩壊した建物から現れた巨大にして強大な存在が人々へ更なる混乱を与える。


 神々の使いの如き銅色あかがねいろの巨人。

 地獄よりいずる火の化身。

 氷の時代を体現せし酷烈な白き獣。


 三体のゴーレムを前に、戦う術を持たざる者たちに恐慌状態が広がる。


 気まぐれ一つで命が散らされる。

 心臓を握られているような圧迫感が焦燥を駆り立てた。


 悲鳴が飛び交う。


 人々はパニックに陥り我先にと逃げ始める。

 本能に従っただけなのだろうが、その判断は正しかった。


 彼らが先刻まで踏みしめていた地面が凍てついていく。

 凍った足場では逃げることも困難だったろう。


「みんないたーっ!」


 唯一人ゴーレムの出現に胸を弾ませるラヴィポッド。


 足でタンッと地面を強く踏む。

 するとラヴィポッドの身長くらいの大地の棘が斜めに生えてきた。

 その先端に、コアラのように両手両足でしがみ付く。


 準備は万端。


「れちごーっ!」


 掛け声と同時、大地の棘がゴーレムのいる方角へ急速に伸び始めた。


「ひぃぃぃぃぃぃ!?」


 悲鳴がこだまし、ちょちょ切れた涙がキラキラとラヴィポッドの軌跡を描く。

 気持ちが逸ると後先考えず行動してしまう癖はいつ直るのだろうか。


 ラヴィポッドは人々の流れに逆らい、上空を通ってゴーレムの元へ直行。

 騒ぎを聞きつけたコーハンの兵士が駆けつけるより遥かに早く目的地までたどり着くことができた。


 大地の棘からカッパーゴーレムの肩に恐る恐る乗り移って頬ずりする。


 ドリサを発つ前、ダルムに用意してもらった大量の鉄を吸収したが、カッパーゴーレムが進化することはなかった。

 しかしそれはそれで楽しみが残っているということでもあるし、カッパーゴーレムの状態で触れ合う時間が伸びたと考えれば、肩を落とす必要もない。


「落としちゃってごめんねぇ……」


 フレイムゴーレムには両手を擦り合わせて、ブリザードゴーレムには爪に頬ずりして、ごめんねの気持ちを伝える。


 ゴーレムが無事に見つかり一安心。


 高いところから見渡すと、ブリザードゴーレムの周囲に与える影響がはっきりと確認できた。


「ひゃ~パッキパキ!」


 起動しているだけで周囲を凍てつかせ、銀世界へ変える。

 そんなブリザードゴーレムの力に目を輝かせた。


 ラヴィポッドがブリザードゴーレムを見るのは三度目。

 進化の時と今回を除けば、ダルム立会いのもとドリサの外で性能確認をした一度きり。


『本当にブリザードゴーレムの力が必要な時以外は起動するな』


 そう何度も、それはもう何度も口うるさく言われているため、ブリザードゴーレムと触れ合える時間は貴重。


「こんな凄いのにまだ強くなれちゃうんだもんね」


 ラヴィポッドがブリザードゴーレムの石板をバックパックから取り出して確認する。


「でも『闇』って闇元素の魔術以外にあるのかな……?」


 石板によると次の進化素材は『闇』。


 フレイムゴーレムの進化素材は進化前と同じ『火』。

 カッパーゴーレムの素材の変化は『石』から『銅』、そして『鉄』。

 進化前と同系統の素材が必要になっていると言って良いだろう。


 ブリザードゴーレムだけがその法則から外れていた。


「どんな進化なんだろ」


 白熊のような見た目のままか、将又全く違う何かになるのか。

 進化後の想像を楽しみたいところだが……


「……そろそろちっちゃくしなきゃ。誰か怒りに来るかもだし」


 まだまだゴーレムたちを起動していたいが、それは許されない。

 騒ぎを聞きつけて駆けつける者もいるだろう。

 怒られるのは嫌だ。

 それにユーエス並みの強者が現れれば、今のゴーレムたちであっても破壊されてしまう。

 それも嫌だ。


 ラヴィポッドはカッパーゴーレムに地上へと降ろしてもらい、


「ちっちゃくなって!」


 人形、仮面、単結晶となったゴーレムたちを回収。

 バックパックに入れ、また落とさぬよう念入りに閉じる。


「ん?」


 さあ帰ろうかというところで氷漬けになっている複数の人影に気づく。

 ゴーレムが現れた家にいた人物たちだろう。


 その内の一人には見覚えがあった。

 何度も殴打されたのか顔がボコボコに腫れていて、記憶にあるものとは少し異なるが。


「ぶつかって怒ってきた人だ」


 貧民街のエリートだった。

 マフィアがいないとなると、崩壊した建物は知人の家か。


 ラヴィポッドは彼がゴーレムやお金を盗んだことには気づいていない。

 しかしラヴィポッドに酷いことを言って、その報いを受けたような青年の状況を表す言葉を知っていた。


「おんがいーひー」


「……因果応報と言いたいのか?」


「ひぃ!?」


 いきなり話しかけられ、跳ね上がりながら振り返る。

 ラヴィポッドの視線の高さではその人物の膝より少し上までしか窺えない。


 これ以上先を見て良いのか。

 目が合った瞬間何かされるのではないか。

 不安を抱えながらおっかなびっくり視線を上げていく。




 それは黒に紫のラインが走る全身鎧を纏った巨躯だった。


 低いながらも品性と透明感を兼ね備えた声。

 豊満な胸部や臀部を覆う鎧の形状から、恐らく女だろう。


 世界に終焉を齎す邪竜がいたとしたら。

 そんなイメージでデザインしたと言われても頷かざるを得ない、狂気を感じる全身鎧。


 もう一つ特徴的なのは、尾骨のあたりから生えたクジラのような尾ビレのある太い尻尾。

 かなり重量があるようで、戦闘に用いれば凶器にさえなり得る。


 見るからに危険な香りを放つ身長二メートルを優に超える全身鎧の女が、ラヴィポッドを見下ろしていた。




「ひぃぃぃぃぃぃ!?」


 あまりの恐怖にゴロゴロと転がって壁に激突し、壁を背にしてガクブルと震える。


「……そう怖がることはない。しかし子どもが何故こんなところにいる? さっきまでここに巨大な怪物が居たはずなんだが、何か知っているのか?」


 ラヴィポッドは鎧女の言葉に、首をブンブン横に振った。

 もちろん嘘だ。

 心当たりしかない。


 だがゴーレムを見て尚ここまで駆け付けたという事実は、鎧女の危険性が外見だけに止まらないことを示唆していた。

 できれば関わりたくない。


「そうか。私は少しここを調べる……ここで会ったのも何かの縁だ。調べた後でいいなら送るが?」


 親切心からそう言ったのだろう。


 しかしラヴィポッドはこれにも首を横に振る。

 そうさせたのは鎧女の怖い外見もあるが、知らない人について行って怖い思いをしたばかりということも大きい。


「……この辺りは危険だ。本当に一人で大丈夫か?」


 今度は首を縦に振る。


「……そ、そうか。気を付けてな」


 心なしか、残念そうな声音の鎧女。

 一度断られても食い下がったところを見るに心配性なのかもしれない。


 ラヴィポッドは一度頷くと、足音を立てぬようそろりそろりと歩き出した。

 その間も鎧女にバッチリ見られている。

 コソコソする意味がないように思えるが、何が鎧女の逆鱗に触れるかわからない。

 足音を立てることすら怖かった。


 そうしてある程度離れると、ラヴィポッドは全速力で駆け出し風のように去っていった。




 残された鎧女はラヴィポッドが去っていった方角を見つめ、腹部をさする。


「か、かわ……」


 ラヴィポッドの容姿や振る舞いが鎧女の琴線に触れたらしい。

 ときめいたのなら胸でも押さえそうなものだが、何故お腹が疼いているのか。


 ラヴィポッドが感じたのとは少し違う危険な香りを放っていた。


 ◇


 崩壊現場から無事逃げ出したラヴィポッドはトボトボと歩いていた。


「お金、どうしよう……」


 ゴーレムを見つけられたことが嬉しすぎて忘れていたが、お金の方は見つからなかった。

 ご丁寧にダルムから貰った分だけでなく、家から持ち出した分まで盗られている有様。

 これでは宿に泊まることもできず、食事さえ儘ならない。


 引き返そうにも今頃は大騒ぎになっているだろう。


「街の外でなんか狩って食べるしかないのかな。でも野宿やだし……」


 動物を狩っての食料調達は慣れているが、野宿はいただけない。

 柔らかなベッドの寝心地を知ってしまえば、土魔術で作った固いベッドでなど眠れない。


 一度上げた生活水準を下げるには抵抗が付きまとうのだ。


 途方に暮れて歩いていると、とある建物に書かれた文字が目に入った。


「『傭兵ギルド』……?」


 ギルド。

 同業者が組合を作り、互いの利益を高めるために設立されたもの。

 他ギルドの独占を抑止するため、牽制力を高める意味合いもある。


 傭兵ギルドの場合は雇い主と傭兵の仲介をギルドが務めることで、報酬額の交渉等、契約締結までを円滑にする役割が大きい。


「傭兵さんって確か、力持ちの人ならできるやつ……」


 ラヴィポッドには非常に偏った知識しかなかった。

 実際はそんなことないのだが。


「ゴーレムなら傭兵さんの仕事、できるのでは?」


 今は兎に角お金を稼がなければ。


 最悪街の外で野宿。

 そう考えていたラヴィポッドにとって傭兵ギルドは、憩いのお宿への切符。


「……」


 ラヴィポッドには少し高い位置についたドアノブを見つめ、深呼吸。


「いざ……!」


 気合を入れてドアを開いた。


 傭兵ギルドの第一印象は活気はあるが人数は少ない、といったところ。

 傭兵そのものの需要が高くないのか、傭兵という職業を選ぶ者が少ないのか。


 事務員は女性が多いが、傭兵はというと屈強な男が大半を占める。


 そんなギルド内を、ラヴィポッドは息を潜めて進む。

 そうして受付にたどり着いた。




「あ、あの……」


「あら? どうしたの?」


 受付嬢はカウンターから少し身を乗り出し、カウンターより小さな少女と目を合わせた。


「よ、傭兵さんになりたいんですけども……」


 思いも寄らぬ用件に受付嬢が困ったように笑う。

 負けん気の強い男の子が傭兵になりたいと訪れることは極々稀にある。

 しかし気の弱そうな女の子が一人で訪ねてくるのは初めてのこと。


 さて、どうしたものか。


「お嬢ちゃん、傭兵がどんなお仕事か知ってる?」


「お、重たいもの運んだり……?」


「ぶぶー」


 受付嬢が人差し指を交差させてバツ印を作る。


「傭兵っていうのはね、簡単に言うと自分を兵士として売る仕事なの。お金を貰って、雇い主の代わりに自分とは全然関係ない争いに命を懸けるとーっても危険な仕事」


 受付嬢がある男を手招きする。

 ちょうどギルド内にいた傭兵の一人。

 その男は、片腕が無かった。


「このおじさんみたいに腕がなくなっちゃうことだってあるんだよ」


 男はラヴィポッドと受付嬢のやり取りを聞いていたようで、受付嬢の意図を察して話を合わせる。


「日常茶飯事ってわけじゃねぇが、傭兵やってりゃ体のどっかがダメになることくらいあらぁな」


 傭兵の仕事をしていたら腕が千切れるかもしれない。

 そう聞いたラヴィポッドは男の欠損した腕を見て顔を青くした。


 ラヴィポッドの反応を見た受付嬢が安心してホッと息を吐く。


「すっごく危ない仕事だけど、それでも傭兵になってみたい?」


 聞かずとも答えはわかっている。

 そう答えさせるよう話を運んだのだから。


「あ、あの、えっと……や、やっぱり、やめます……」


 傭兵の真実を知り、自分には無理だと思い直したラヴィポッド。

 就活に失敗し、トボトボと踵を返す。


 その哀愁漂う背中を見て受付嬢が申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 傭兵の男が受付嬢を一瞥する。


「これでよかったと思うぞ。あんなちっせぇ嬢ちゃんがなるようなもんじゃねぇ。他に幾らでもあった仕事見つかんだろ」


「……そうだといいんですけど」


 受付嬢も意地悪をしたかったわけではない。

 少女の将来を考え、傭兵になることが適切だとはどうしても思えなかっただけ。


 小さな少女に幸あれ。

 そう願いながら見送った。


 ◇


 傭兵ギルドを出たラヴィポッド。

 いよいよ野宿コースかと項垂れていると。


「君は……さっきのキューティクル少女」


 キューティクルはかわいいという意味じゃないが。


 崩壊した建物で出会った、尻尾の生えた鎧女と再び遭遇してしまった。

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