第16話 Q
「チビ。そ、それは、何かな……?」
「かっちょいい腕輪です」
ラヴィポッドが腕輪を強調した決めポーズを数パターン披露する。
それから。
やけに焦り出したユーエスはウサクル族の店員と交渉し、無事銅を購入した。ストーンゴーレムへ進化するために必要だった石の量を考えると、まだまだ足りない。
三日後になればまた銅の在庫を確保できるとのことで、「また買わせて下さい」とお願いしてウサクル鍛治工房を後にした。
ダルムの執務室まで強制連行されたラヴィポッドはユーエスに促され、再び腕輪を強調した決めポーズをとっていた。
ダルムが頭を抱える。
ラヴィポッドの左腕に嵌められているのは、土精霊であるモグピ族の王家──タルタル家との繋がりを示すもの。
(あの腕輪は土の精霊王様との盟友の証……! 娘に手を出せば土の精霊王様が黙ってはいないだろう。これで四元素精霊様に大恩ある我々ニムイディット王国は娘を縛れなくなった……!)
ラヴィポッドの魔術師としての力量。そしてゴーレム。
他の陣営に取り込まれることを阻止する意味でも、手中に収めておきたかったが、それが出来なくなってしまった。
(早まるものが現れない内に各貴族家に通達を済ませたいが……)
ラヴィポッドがタルタル家の盟友だと知らなければ、貴族連中は間違いなく取り込もうとするだろう。
(いやしかし娘やゴーレムの情報を掴めば、土の精霊王様との繋がりを知った上で手を出すバカもいる)
貴族は特権階級であるが、それを享受する代わりに民の暮らしを支え導く義務がある。
しかし世襲を繰り返した現在では特権に胡座をかき、それを振り翳して私利私欲を満たすものがいるのも事実。
(不審な動きのある旧帝国領の奴らは論外として、王都にもバカに心当たりが……)
ニムイディット王国は大陸の人族国家を統一した大国だが、独立や王家の簒奪を狙う地域は存在する。一枚岩とは言えない状況だった。
ラヴィポッドとゴーレムの情報を共有したい一方で、伏せておきたい相手もいるのだ。
「……気づかない方が良かったですかね?」
いっそ知らなければ、悩まずに済んだかもしれない。
「ああ……と言いたいところだが、ドリサは土の精霊たるモグピ族には恩義がある。彼らの作った壁が無ければ、この街は存続していないのだから。報いるためにも、出来る限りのことはせねばならん」
ドリサの紋章にもぐらが描かれている所以でもある。面倒だからと放り投げることも出来ない。
「報告ご苦労だった」
辺境伯の威厳を保った労いの言葉。
ラヴィポッドはよくわからぬままユーエスに捲った袖を下ろされ「その腕輪は精霊様か信頼できる人にしか見せないように」と言われながら退室した。
数々の戦場を生き抜いたダルムの鬼の胃袋に、穴が開く音がした。
ストーンゴーレムとドリサ騎士団がぶつかり合う。
午後の訓練に連れてこられたラヴィポッドが隙だらけの構えでパンチを繰り出しながら応援していると、執事がやってきた。背に鉄板でも仕込んでいるかのような美しい姿勢で歩く老紳士の後ろには、慣れない足取で続く人影が。
ユーエスに話しかける執事。後ろにいた三名の内の一人がラヴィポッドに小さく手を振った。
「ん? あ、ハニさん」
ラヴィポッドが相手の正体に気づいて歩み寄る。
「今着いたんですか?」
「うん。やっぱ徒歩とゴーレムの全速力じゃ全然ちがうね」
村人たちとともにドリサへ到着したハニ。実は一番状況を理解しているハニだけ馬に乗せて先にドリサへ向かってほしいという提案もあった。
しかし、事情に関しては「ラヴィポッドが既にドリサへ向かっているから問題ない」と説明。数人馬に乗せて先行できるのなら、小さな子どもを優先してくれないかと頼み込んだ。
そのような経緯から、結局ハニは歩いてきたので遅れての到着となった。
「門番してた兵士さんから、ちゃんとアロシカを運んでくれたって聞いたよ。ありがとね」
「い、いえ」
ラヴィポッドは気まずそうに視線を逸らす。言えない。ハニたちのことを忘れていたなんて。
ドリサに到着してからも、ストーンゴーレムを往復させて移動の手伝いなど出来ることはあった。それを思い至らなかったラヴィポッドが何をしていたのかといえば、ユーエスと美味しい食事を堪能してふかふかのベッドで寝ていた。
目も合わせられなくて当然だった。
「じゃ、私は色々説明しなきゃいけないからまたね」
執事についていくハニ。
ほっと胸を撫で下ろしたラヴィポッドだったが、ユーエスに首根っこを掴まれる。領内の村が襲撃されたとあらば、その報告には当然騎士団長も立ち会わねばならない。
ストーンゴーレムを小さくしたラヴィポッドは、肩身の狭い思いで報告の場に同席することとなった。
◇
ユーエスが風呂場から出てきた。暑いのか上半身は裸のまま。楽そうなゆったりした短パン姿で、濡れた髪をバスタオルでワシワシと拭いている。着やせして見えるユーエスだが、騎士団長だけあって引き締まった良い体をしていた。その余分な脂肪がなくバキバキに割れた腹筋の溝に水を注ぎ、流れゆく様を鑑賞して風情を感じたいと語る淑女も多いとか。
先に風呂を済ませてベッドに寝ころびながら本を読んでいるラヴィポッド。初日はシャワーの使い方も知らなかったが、子ども特有の物覚えの速さを発揮。今では一人で風呂に入れるようになっていた。シャンプーは使っているが、風呂上がりのケアをしないため毛先は暴れっぱなし。
ラヴィポッドが読む本の表紙には『ミド騎士物語』と書いてある。
本を見たユーエスが目を細める。微笑ましげに見えるその瞳に、僅かな愁色が滲んでいた。
◇
村の広場。
敷かれた大きなシートの上に、子どもたちが座っていた。
水色髪の少年──幼き日のユーエスがソワソワしながら期待に満ちた眼差しを向けている。視線の先では老婆が紙芝居の準備をしていた。
「よく集まってくれたねぇ。今日のお話は『ミド騎士物語』」
タイトルを読み上げ、紙を捲る。
──ミド騎士物語。
主人公である腕自慢のチョイ悪青年ミドが、亡国の姫君と出会う。初めは些細なことで衝突していた二人。しかし絶望的な状況であっても決して諦めず、国を取り戻そうと奔走する気高き姫君に、ミドは次第に惹かれていく。
姫君に忠誠を誓い、騎士となったミド。身を挺して姫君の盾となり、時に道を切り拓く剣となった。数多の強敵を退け、ついに簒奪者の居座る玉座の間に辿り着く。
簒奪者は禁術に手を染め、強大な力をその身に宿していた。
対抗するべく、姫君は王家に伝わる魔術でミドに聖なる元素の力を与える。
そして竜虎相搏つ死闘の末、ミドは簒奪者を打ち取った。
赫赫たる武勲を立て故国奪還の英雄と讃えられたミドは姫君と結ばれる。新たな国の王となったミドは即位後も自ら剣をとって姫君を守り、王でありながらその生涯を騎士として全うしたのだった。
「おしまい」
紙芝居が終わると、ユーエスは誰よりも早く大きく拍手する。
そのキラキラした瞳を見て、老婆も満足そうに頬を綻ばせた。
「ユーエスって、ほんとこの話好きだよね」
お姉さんぶって呆れ混じりに言うのは幼馴染の女の子──クシリア。ユーエスより少し濃い青色のロングヘアーがサラサラと靡く。ミド騎士物語に登場する姫君と同じくらいの髪の長さだった。
「僕はミドみたいなかっこいい騎士になるって決めたんだ」
田舎のやんちゃ青年が立派な騎士へ成長していく王道の物語。田舎少年のユーエスは見事に憧れた。村の男の子たちも、ユーエスほどではないがミド騎士物語を楽しみにしている。田舎少年たちの心のバイブルだ。
憧れの騎士物語を聞いて熱量が高まったユーエスは早速、木の枝を剣の代わりにして素振りを始める。
「体弱いくせにさ」
当時のユーエスは同じ年の子に比べて体が小さく、風邪を引いては寝込むことが多かった。その自覚がある故に無理をする。スタートラインが違うのだから他の子と同じだけ体を鍛えても開いた距離は縮まらない。風邪を引いていない時はいつも体が動かなくなるまで木の枝を振り、同時にマナの制御練習も行っていた。
「お、坊主。今日もやってんな」
感心して声をかけるのは、ドリサの施策でこの村に配属された騎士。剣術にしても魔術にしても実力者などいない田舎村における唯一の戦士であり、ユーエスの師でもある。
最初は教えを乞うユーエスを突っぱねていた騎士だが、自己流でがむしゃらに鍛錬し続ける姿を見て、基礎的な体の動かし方とマナの制御方法だけは教えていた。
「ダルムのおじさん! もっとなんていうか……応用? こんな地味なことだけじゃなくてさ、必殺技教えてよ! どんな悪い奴でも一撃で倒せるやつ!」
「生意気いってんじゃねえよ。ミドくらい強ぇ騎士ならな、その枝の素振りで大木だろうがぶった斬んだ。あと俺はまだおじさんって年じゃねえ」
「マジ!?」
衝撃を受けたユーエスが気合を入れ直し、素振りを再開する。
ダルムは満足そうにフッと笑い、立ち去ろうとした。
「ミドが枝で木を斬ったって本当ですか?」
マナを練りながら素振りを見守っていたクシリアが呼び止める。
「嘘だ」
ダハハと笑ってどこかへ行く悪い大人の背にクシリアがジトッとした目を向ける。
クシリアは頃合いをみてユーエスに休憩を取らせ、作っておいた果物のはちみつ漬けを食べさせる。栄養を取ってすぐ素振りを再開する幼馴染に困ったような笑顔を浮かべ、こちらも魔術の練習を再開した。
◇
ラヴィポッドが本を閉じ、棚に戻す。陽気な音楽が聞こえてきそうなダンスをしながら向かうは冷蔵庫。自分の家のように無遠慮に物色し、中身をあるだけ持ち出す。
ユーエスは自炊をしないので惣菜や弁当などを買い置きしており、それらをすべてテーブルに並べてパーティーを始めた。
数日分の食事がなくなっていく。ユーエスとて健啖家だが日頃から満腹になるまで食べてはいない。貯金が減っていくから。
しかし件の客人は我慢を知らない。ユーエスは嗜めようとも思ったが、ラヴィポッドは育ち盛りだ。背の低い彼女には思うまま食べさせてあげたい気持ちもある。
「はぁ……」
このままでは食費で給料が吹き飛んでしまう。
小さな怪獣への対策を考え、ユーエスは大きなため息を吐いた。
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