第15話 復活と火の精霊
訓練場にて。
ラヴィポッドはしょんぼりと土人形を置く。元はストーンゴーレムだったものだ。真っ二つになっていたところを捏ねて直したが、もう一度ゴーレムとして動いてくれるかは怪しい。
錬成ですら成功例が存在しないのだから壊れたゴーレムを修復した記録などなく、そもそも修復が可能なのかすら不明。
「マナ結晶は無事だったんだし、きっとまた動くよ……!」
罪悪感に苛まれ、タジタジなユーエス。その無責任な言葉の半分は本人の願望でもある。これで動き出さなければ今後ラヴィポッドとどう接したら良いか分からない。仕方なかったとはいえ、ラヴィポッドにとって最も大切なものを壊してしまったのだから。
ラヴィポッドがチラリとユーエスを見る。その視線には疑惑の色が見て取れた。胡散臭いものでも見ているようだ。地に落ちた信頼を培うには根気が必要なのだろう。人見知りとは好感度を上げるのは困難な割に、下がるのは一瞬な面倒くさい生き物なのだから。
ポケットから石板を取り出し、両手で掲げる。石板の記述がストーンゴーレムからクレイゴーレムへと書き変わっていた。
「出でよ! クレイゴーレム!」
初めてゴーレム錬成に成功してから今までの思い出を振り返り、精一杯の気持ちを込めて叫ぶ。
初代ゴーレムがいたから母を探しに行こうと思えた。ドリサまで無事に辿り着けた。未だ母の行方は知れず、旅は始まったばかり。初代のいない旅は寂しくなるだろう。このままお別れなんて考えたくない。
「……」
静寂。
ラヴィポッドの眉が垂れ下がり、目元がうるうるとしていた。
その時。
土人形からプシューとガスが噴き出た。巨大化が始まる合図。
ラヴィポッドの表情がみるみる変化する。口角が上がり、目はキラキラと輝きだした。
そして巨大化を終えたクレイゴーレム。
「おはよ!」
元気の良い挨拶に、目をチカチカさせて応える。
感極まったラヴィポッドはクレイゴーレムの体を駆け上がり、頭部にへばりついて頬擦りする。
「何、今の動き……」
重力を無視した動きが気になる。しかしユーエスは内心、ゴーレムが無事動き出したことに安堵していた。
遠目に見ていたルムアナも心配だったらしく、クレイゴーレムを見て明るい表情を浮かべた。寝不足なのか目元にはクマができている。
「おはよう。よかったわね」
近づいてラヴィポッドに声をかけた。前日の遣り取りが気まずくて避けていたが、今なら自然に挨拶できそうだ、と。
ルムアナの想像通り、ご機嫌なラヴィポッドは脅かされたことも気にしていないようで、
「あ、『強くなりなさい』さん! おはようございます!」
「その呼び方やめなさい!」
ハキハキと気持ちの良い挨拶を返す。耳まで赤くして怒るルムアナもなんのその。クレイゴーレムへの頬擦りを再開した。
「まあまあ」
ユーエスがルムアナを宥め、ゴーレムについてあれこれ話していると、ラヴィポッドが降りて来た。
「ここからどうやって石のゴーレムにするの?」
ユーエスが尋ねる。
ラヴィポッドは待ってました、とばかりに石板を見せつけた。お目当ての項目を指で示す。ゴーレムの進化素材が書かれた樹形図。
ユーエスとルムアナが石板を覗き込んだ。
「マテリアル……石?」
「そうです」
「えーっと……つまり?」
「石をたくさん食べさせます」
「なるほど」
そこまで説明すると、ラヴィポッドは石板を後ろ手に持って胸を張る。右へ左へ歩きながら解説を始めた。いつの間にか博士帽と小さい丸眼鏡を身に付けている。
「わたしは落ちている石ころをあげることで、石板の図が表す意味に気づきました。クレイゴーレムは石を食べれるのだと」
方向転換する。
「そうして石ころをあげてる内に、いつからか先入観に囚われていたのです。天然の石ころじゃないと食べられない、と」
もう一度くるりとターンする。
「ですがなんとなんと、クレイゴーレムはわたしを守るため、魔じゅちゅで作られたドデカ石を食べてみせたのです。そして、たくさんの石を食べたことによりストーンゴーレムへと進化を果たしました」
説明を終え、立ち止まる。
体育座りで聞いていたルムアナがビシッと手を挙げる。
「つまり、土魔術で岩石を生成して食べさせればいいのかしら」
「さすがは『自分の命くらいは守れるように』さん。その通りです」
ギリリと歯を食いしばり掴み掛かろうとするルムアナ。ユーエスが押さえる。
「では、今から試してみましょう」
ラヴィポッドが両手を掲げ、ゆらゆらと動く。小石が空の一点に向かって収束し、纏まっていく。
「ぬん!」
重なる小石が合体し、更に巨大化して一つの巨岩が現れた。
ラヴィポッドと交戦したドリサ騎士団の魔術師が放ったものより尚大きい巨岩。制御を誤れば、領主の屋敷を一撃で粉微塵にしてしまうだろう。
「当たり前のように詠唱省略するのやめなさいよ! なんなのその大きさ!」
喧嘩腰のルムアナが指摘する。詠唱の省略は非常に高度な技術。更に詠唱を省略する場合、詠唱をした際よりも威力が低くなる。
如何に非常識なことをしているか。そんなことを出来るのは一握りの存在であり、何故今まで頭角を現していなかったのか疑問が残る。
「ちぇいや!」
ラヴィポッドが両手を振り下ろすと、巨岩がクレイゴーレムへと降りかかった。辺りに衝撃を撒き散らすかに思えた大魔術の一撃。しかしクレイゴーレムに直撃した巨岩はその体に沈んでいく。
思わずルムアナが目を擦る。しかし、目の前の現象は擦る前と変わらない。
やがて全てを呑み込んだクレイゴーレムから煙が上がる。そして煙から現れたのは。
「ストーンゴーレム!」
ラヴィポッドは石板の記述が書き変わっていることを確認し、石の巨人に飛びつく。
「……石板に書かれた素材を一定量取り込めば、取り込んだ素材のゴーレムになるって感じか」
ふむ、とユーエスは顎に手を当てて分析する。
周囲では、一部始終を見た騎士たちが衝撃を受けていた。
「そんな簡単に復活しちゃだめだろ……」
騎士たちが力を合わせても、手も足も出なかったストーンゴーレム。それが短時間で元に戻ると知れば、驚かずにはいられない。
ユーエスのような圧倒的強者でなければ、仮にゴーレムを破壊できたとして、その過程でかなりの消耗を強いられるだろう。
だがゴーレムを復活させた術者であるラヴィポッドは大規模な土魔術こそ行使したものの、そこに消耗は見られない。
戦場で対峙し破壊と復活を繰り返せば、最後に立っているのはゴーレムだ。絶対に戦いたくない。
「ストーンゴーレムの石板にはマテリアルのとこなんて書いてある?」
クレイゴーレムはストーンゴーレムへ進化したことによって強さが跳ね上がった。戦わずとも分かるほどに。ユーエスは更に強くなるのか気になっていた。首を横に振る部下たちの気持ちに気づきもしない。これ以上強くなられては困る、と。
「銅!」
ゴーレムに関する質問となれば即答するラヴィポッド。
「銅か……集める当てはあるの?」
「ないです!」
「だと思った。うーん……錬金術師に作成依頼を出すか、鉱物を扱ってる商会や鍛冶公房なら纏まった数仕入れてるだろうし交渉次第で融通してくれる、かな?」
ユーエスの呟きに、ラヴィポッドが聞き耳を立てる。身を乗り出しすぎてストーンゴーレムの肩から落ちてしまいそうだ。
「僕が掛け合ってみようか? 鍛冶公房なら伝手があるし、それでダメならダルムさんに相談って手もあるよ」
「本当ですか!?」
願ってもない提案。思わず飛びついてしまったが、ラヴィポッドは考える。
(なんで親切にしてくれるんだろ。ゴーレム壊した悪い人なのに……)
ユーエスは信用ならん大人。何か企んでいるに違いない。
「……な、何が目的ですか」
「ゴーレムを壊したお詫び。ダルムさんの方はチビに頼みがあるって言ってたし、その報酬ってことにすれば手伝ってくれると思って」
「……そういうことなら、手伝わせてあげてもいいですけど」
納得したのか控えめに尊大な態度をとるラヴィポッド。
ユーエスが苦笑していると、ルムアナが割って入る。
「ユーエスはこう見えても団長だから忙しいのよ。あまり煩わせないでほしいのだけれど。っていうかそもそも貴女、何処の誰なの?」
「ら、ラヴィポッドです」
一度冷静になったからか、ビクビクとルムアナに対して警戒心を抱いている。これがラヴィポッドの平常運転ではあるのだが。
「名前は知っているわ。何処から来たの?」
「も、森です」
「……森?」
まさか人族の生活圏ですらないとは。
「身の回りの物はどうしていたの?」
「む、村に買い出しに」
「食べ物は?」
「野菜を育てたり、動物を狩ったり」
「いつの時代よ……」
前時代的な暮らしぶりに驚きを隠せない。貴族家の令嬢として生きてきたルムアナは村での生活すら想像できないというのに。ついつい嘘や冗談の類だと疑いたくなる。
「……どこぞの貴族ではないのね?」
ラヴィポッドとの付き合い方を考える上で最も重要なこと。もし辺境伯以上の家柄の子であれば、礼を失してはならない。父に迷惑をかけたくはないから。
「? はい」
質問の意図が分からず首を傾げる。
「なら、大人しくしていなさい。ユーエスに迷惑をかけちゃダメよ」
言うだけ言って訓練に戻ったルムアナ。
ラヴィポッドがユーエスの袖をクイクイと引っ張る。
「なに?」
「銅を貰いに行きますよ」
「……ルムアナちゃんの話聞いてた?」
そして二人は訓練を抜け出した。
◇
やってきたのは鍛冶公房。併設された店舗では武具の販売も行っており、ユーエスも世話になっている。店先の立て看板には兎と剣のマーク、背景には火元素の紋章が描かれていた。
「いらっしゃいませ、ウサクル鍛冶公房へようこそ!」
店に入った二人を明るく迎えたのは、二足で立つ兎だった。革製のエプロンと靴が似合っている。兎にしては耳が短く、丸まるとした体はネザーランドドワーフを彷彿させる。
店員の愛らしい姿にラヴィポッドが目を丸くする。野兎にはよくお世話になっていた。食用肉として。馴染みある動物が街で店を経営し、言葉を発している事実に驚いていた。喋る動物などモグピ族以来である。厳密にはモグピ族は動物ではなく土精霊だったのだが。
「チビはウサクル族を見るのは初めて?」
ウサクル族、というのがこの店の兎の種族名なのだろう。
頷くラヴィポッドを見た店員さん。
「そうなの? よかったら作業場みてみる?」
「い、いいんですか?」
「ええ、きっと驚くわ」
手を引かれるまま店の奥まで案内され、頑丈な鉄の扉を潜る。モワッと熱気が押し寄せ、思わず目を瞑ってしまった。ガンガンと響く硬質な音が怖いのか、音がする度ビクビクしている。
「ここがウサクル族の作業場よ」
恐る恐る目を開けると、
「おお~!」
ウサクル族の作業風景に目を奪われる。
ラヴィポッドには知らぬところだが、ウサクル族の鍛造は通常の工程とは大きく異なっていた。
なんとウサクル族は火魔術で熱した鉄を素手で捏ねていた。ある程度形を整えて手を引っ込める。するともう一匹のウサクル族が杵のような形状のハンマーを振り下ろす。その餅つきのような工程を繰り返し、どんどん鉄が鍛えられて、やがて一本の剣が出来上がる。
視線を動かせば二匹一組のウサクル族たちが各々餅つきのように製品を作り上げていた。
「他種族の方には珍しい作業風景だとよく言われるんですよ」
店員は誇らしげだ。
「僕も初めて見た時は驚きました。鍛冶師の多いドワーフ族の中には、ウサクル族に憧れて手を火傷している人が結構いるって話ですけど……」
作業風景に魅入るラヴィポッドに代わり、ユーエスが返す。
「そうなんです。彼らの技術も素晴らしいのですから、真似する必要ないと思うんですけどね」
ウサクル族の作る品はどれも一級品。鍛冶師なら誰しもがウサクル族に敬意を抱いていると言っても過言ではない。
しかしウサクル族が火に直接触れても怪我をしないのは種族的な特性であり、他種族が努力しても真似できるものではなかった。
「も、もしかしてウサクル族って精霊なのでは……」
「あら、それも知らなかったのね。そうよ。私たちウサクル族は『武力』を司る火の精霊なの」
「やっぱり! モグピ族とおんなじ!」
「モグピ族のことは知っているの?」
「これ貰いました」
ラヴィポッドは左の袖を捲り、ジョノムから貰った腕輪を見せる。土の紋章が刻印された、モグピ族との盟友の証。
「まぁ、随分気に入られたのね」
ウサクル族の店員さんがおっとりと驚く。
一方でその横にいたユーエスは腕輪を見て、顔を引き攣らせていた。
「チビ。そ、それは、何かな……?」
何か思うところがあるようだ。
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