幕間:冒険者ギルド③

 ヴァイスからの情報提供を受け、ソアレたちは警戒心が最大まで跳ね上がっていた。危険な筋もの、近づいたら身売りされるかもしれない。

 そんなあることないこと吹き込まれた状態で、

「いやはや、失礼いたしました。つい、旧知の友人と会話が弾んでしまいまして」

「……」

 かつてのソロの上司にしてマフィアの元若頭、現在は冒険者ギルドと言う組織の会長を務める男が、ソロを連れ立って皆の前に現れた。

 場に流れる微妙な空気、それを見て男は微笑みながら七三の髪を自然な所作で整え、ネクタイも軽く引き締めた。

 相手に警戒されまくった状況、普通は取り付く島もない。

 隙など微塵もないように思える。

 だが、

(ヴァイスのやつ、要らん事吹き込みやがって)

 ソロはこっそりとため息をついた。

『いや、ファインプレーだろ? それとも冒険者ギルドって試みが面白そうだし、相棒も入会したかった系?』

(馬鹿言え。こいつ絡みの時点で全部なしだなし。ただ、マイナスの印象スタートってのは正味、こいつにとっては日常茶飯事、一番得意なシチュエーションなんだよ)

『ほえ?』

(まあ見とけ。本当のワルはな、それすら逆手に取るのよ)

 ソロたちの視線の先、男が嘘くさいほどの笑顔と共に口を開く。

「確かに私は過去、ここにいるソロくんやヴァイスさんと悪事に手を染めておりました。それはまごうことなき事実です。その結果、財を成したこともまた事実」

 まず、マイナスを否定しない。

 むしろ、自らそれをひけらかす。隠すよりも堂々と出す。

「しかし、私は世界の危機、苦しむ人々を、戦場で命を散らす戦士たちを見て、このままではいけない。このままであっていいわけがない! そう思うようになったのです。仲間たちに裏切られ、事業に失敗した私は自分さえ富めばいい、そう思っておりました。過去の私は碌な人間ではなかったでしょう。だからこそ!」

 からの、怒涛の反転攻勢。しかも仲間に裏切られ事業に失敗した、とかいう嘘を仕込み、あれ、もしかして仕方なく悪事をしていたんじゃ、と思わせる。

 もちろん大嘘。むしろ、どちらかと言うと裏切りまくっていた方である。

「自身の身を削ってでも、正義を成す時が来たのだと! 私はそう確信するに至ったのです! 女神様に恥じぬ生き方を、今まで私が不幸にして来た人々に報いるためにも、我が身燃え尽きるまでこの事業を、社会正義のためになす所存であります! 私一人の力など微力、それでも、まずは一歩を踏みしめるッ」

 自身の身を削る。言い換えると単なる投資である。

 社会正義をうたっているが、営利でないとは一言も言わない。

 だって金を儲けるためにやるから。

「私は同じ志を持つ、正義の同志を募っております。確かに大きな組織を運営するにはそれなりの資金が必要。私如きの財では到底かなわず、大勢の助力が必要です。マネタイズする構造も、どうしても必要でしょう。しかしそれは、あくまで正義のため。人類存続の一助として、魔王軍が撒いた悪しき兵器、オーク根絶に私は全力で当たりたい。戦いましょう、共に! 立ち上がりましょう、同志よ!」

 反転攻勢から、一気にテンションをぶち上げる。七三がたなびき、汗をかくほどの熱弁。迸る全身を使ったジェスチャーも盛り上がりに一役買う。あらぶる七三、乱れ髪が舞い踊る。眼鏡、汗が滴り煌めく。

 話の内容などもはやどうでもいい。

 とにかくぶち上げるのだ。

 それで、

「おーーーー!」

 瞬殺。

 あまりにもちょろい連中である。正義とか女神とか出しておけば燃え盛るアホ女と図体ばかりデカい熱血おじさん、そして甘ちゃんのボンボン如き一コロであった。ヴァイスはアホ過ぎて何も理解しておらず、それゆえに洗脳こそされていないが、結局アホ過ぎて何がどうなっているのかわからずにはてなを浮かべるだけ。

 この場にはどうやら、アホしかいないようである。

 だがしかし!

「ふん、阿呆どもが。わしは乗らんぞ、くだらぬ試みじゃ。ただの金儲け、俗物でしかなかろうがよ」

 ここにいた。

 我らが超魔法使い、スティラ・アルティナが。超が付くほどの魔法使い、当然頭脳明晰、冷静沈着、ではないが、頭はキレる。

 掌の上でコロコロ転がるほどのタマではない。

「偉大なる超魔法使い、スティラ・アルティナ様でしょうか?」

「む?」

 ここでまさかのチェンジオブペース。しかもスティラのことも調査済み。馬鹿な、とソロはぎょっとして男を見つめる。

 ソロの視線に対し、男は不敵な笑みで答えた。

「私どもの浅知恵なぞ、偉大なる魔法使いからすればさもしく、矮小に映ることでしょう。むしろ、私は偉大なあなた様にこそ、お知恵を拝借したい!」

「……ふむふむ」

(あー、だめだぁ)

『そういやこの猫、根っこがちょろかったなぁ』

 超魔法使い、もといアホ猫。陥落寸前。

 師匠の意地を見せてほしい。そう弟子は願うも――

「私たちの組織を運営する上で、魔法使いの存在は欠かせぬのです。ゆえに私は彼ら、彼女らの、素晴らしい叡智を持つ魔法使いの方々が受ける不当な扱いを、まるで見合わぬ賃金を是正したい、彼らの待遇を改善すべく、鑑定役を兼ねた受付などの重要なポストを用意いたしました。当然、皆さん以前の職場より賃金が上昇しております。その中にはスティラ様のお弟子様もいらっしゃいます」

「むむ」

「我々は魔法使いの方々にも幸せになって頂きたいのです」

「素晴らしいのう!」

「恐縮です」

 アホ猫陥落。戦慄するソロ。師匠スティラがちょろいのは割と自分も理解しているし、ちょくちょくそれで遊んできたので別にどうでもいい。

 問題は彼女の情報をここまで掴んでいること。

 もっと言うと――

「聖都クレエ・フィデースを、ナーウィスの危機も救われた偉大なる勇者にして、誇り高き北の雄、アンドレイアの血を引くソアレ殿下」

「偉大、ね……続けて」

(続けて、じゃねえよ)

『持ち上げられるとすぐ鼻の孔ぷくっとするよな、うちのお嬢は』

 本人は別に嬉しくないですが、持ち上げられて当然ですが、みたいな雰囲気を醸し出そうとしているが、残念ながらバレバレである。

 ちょろさが迸っている。

「我々冒険者ギルドは世界中で活躍する冒険者たち、これからの時代の主役となる方々を、世界中に根を張ることでサポートしていきたいと考えております」

「ふむふむ」

「その一員として是非、ソアレ殿下には我々の組織に所属していただきたい、無理を承知でお願いしたく思っております」

「難しい相談ね」

 お高く留まるつもりならまず断れ、お茶を濁すな、とソロは憤慨する。

「もちろん簡単ではないでしょう。すでに英雄として名声を確立された勇者様なのですから……それで物はご相談なのですが」

「むむ?」

 ささやき戦術。

「如何でしょうか?」

「入会金は?」

「無論、無料ですとも。こちらからお願いしている立場ですから」

「……いいでしょう。正義のため、ですから」

「ありがとうございますゥ」

 アホたれ炎女、陥落。どうせささやき戦術であることないこと吹き込まれたのだろう。顔がにやけているのがその証拠である。

 これでソロは確信した。

 狙いはソアレ、そして芋づる式に繋がるシュッツであったのだ、と。スティラに関しては雇っている弟子とやらから得た情報が刺さった形。ソロのことを知らなかった以上、スティラも狙っていたとは考え難い。

 冒険者ギルドと言う新興組織に箔付けするため、すでにそこそこ知名度を持ち、それなりの実績を積み、その上で家柄も文句なし、性格を除くと極めて優良物件であるソアレを引き入れ、組織の看板として使っていくつもりなのだろう。

 どうせソアレのこと。組織の広告塔として、冒険者の模範となってもらいたい。冒険者のモデルケースとして、モデルとなった絵を世界中に頒布したい。

 そんな感じのヨイショを言われたのだろう。

「補足ですが弊社、冒険者ギルドでは冒険者としてダンジョン攻略に臨まれる方々を信頼度別でランク分けさせていただいております」

「ほほう。一応聞くわね、私はどういうランクなのかしら?」

「Aランク、とさせていただきます」

「それは一番上なの?」

「実質的には」

「引っかかる言い回しね」

「一応、名誉職としてスペシャルランク、Sランクを設けさせていただいております。ただ、こちらは前述の通り名誉職でして、弊社を通して多くの仕事を積んで頂いた方々にのみ、称号のような形で送らせていただくつもりです」

「つもり?」

「お察しの通り、弊社は出来たばかりの組織。まだまだ会員の皆様、どなたも始めたてほやほや。Sランクは現在、該当者はおりません」

「つまり?」

「ソアレ殿下が一番乗りの可能性も、当然あるかと」

「ほっほう」

 燃えるアホ、相手の目論み通り闘争心が燃え盛る。ランク分けして競争煽りも万全、さすがに隙のない造りである。

 冷静なソロも舌を巻くほど、完璧な組織でありながら、

「正義の心を燃やし、打倒魔王軍!」

「正義正義!」

 会長がアジテーター、扇動者として優秀なのだから質が悪い。気づけば全員まとめて沼へドボン、一緒に正義コールを唱えている。

 考えることを放棄したヴァイスまでやっている。

 残ったのはソロのみ。

『人間って、色んなのがいるんだなぁ』

(ああ、本当にな)

 トロもいる。

 一人とひと振りは愕然として面持ちで扇動者に乗せられ、正義を連呼する洗脳されたアホどもを見つめていた。

 ああはなるまい、そう強く心に刻む。


 Aランクパーティ、ソアレと愉快な仲間たち。

 冒険者ギルドへ電撃加入!

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