第36話:いざ魔法都市マギ・セルモスへ!

「それじゃあ私たちこっちだから」

「……」

「最後に煙草くれ」

「……」

「武運を祈っておるぞ!」

「……」

 ひひーん、と出発する馬車の後姿を眺め、ソロはしょんぼりとした顔をしていた。パーティを追放、これはもうザマァするしかない、というわけではない。

 ちゃんと理由は聞いた。

 一応納得もした。

 だけど、

「……釈然としねー」

『ひっひっひ、ハブられてやんの!』

「ま、前向きな奴だし! 合流の約束もしたしィ!」

『ひゃっはっは!』

 釈然としないものは釈然としないのだ。

 人間だもの。


     ○


 険しい崖の壁面をそろそろと歩くソロ。冗談のような字面であるが、本人の表情は至極真っ当に強張っている。それもそのはず、下を見るとあそこがひゅーっとしてしまうほどの高度があり、落ちたら確実に死ぬ状況なのだ。

 そんな状況下で小気味なジョークで笑えたなら、ソロはとっくの昔に勇者としてブイブイ言わせていただろう。

「どこがあと少しだよ! 遠いし難所しかねえじゃねえか!」

 もう少しで着くから、と馬車から降ろされて丸一日、ソロはずっとこうして険しい山道を踏破させられていた。

『あそこ、たぶん直進だったんだよなぁ』

「……」

『オイラ、言ったよな?』

「……さ、進むかぁ」

『絶対途中で戻った方が良かったと思うなぁ』

 なお、たぶん今回はソロが悪い。

 でも、

「こ、これだけ辺鄙な場所にある都市なんだし、とっつぁんの言っていた伝説の魔法使いってのもあながち間違いじゃなさそうだよな」

 損切りして戻ることも出来ず、かと言って自らの非を認めることも出来ないソロは話題を変えるしかなかった。

『そもそも道間違えた説』

「言うな! 前に進めば必ずどこかに着く! それが道ってもんだ!」

『名言風ふつうの言葉』

「うぉぉぉぉお! 待ってろよ、伝説の大魔法使い!」

 ソロ、迫真の話題逸らし。勢いで乗り切ろうとするも、トロは冷めた目(の感じ)で最高にしょうもない相棒を見つめていた。

 なお――


「あ、魔法都市マギ・セルモスへようこそ。観光ですか?」


 道なき道を踏破した先にあったのは、めちゃくちゃファンシーな都市であった。ぐるりと勝手に迂回してきただけ、馬車を降りてからの道を直進し小一時間ほどで着いたとか何とか――ソロはトロの方を見ることが出来なかった。

 トロも何も言えなかった。哀れ過ぎて。

「……めっちゃ、その、賑やかだね」

『おん』

「家族連れも多いね」

『おん』

「……伝説の大魔法使い、こんなとこにいるのかな?」

『知らん』

 入口で門番から歓迎の風船を渡され、それを片手にソロは立ち尽くす。言われた場所に着いたけど、凄く無駄な道を通ってきたけど、そもそもこんな場所に伝説の魔法使いは存在するのだろうか、と。

 此処まで長らく引っ張ってきたが、ソロがパーティから前向きに追放された理由は、この都市にいるはずの伝説の魔法使いに魔法の教えを乞うため、であった。

 事の経緯はこうである。


「ソロの成長には目を見張るものがある」

 嫌々期に突入したソロを必死になだめた後、シュッツが説明してくれた。

「日常で多少使っていたとは言え、戦闘での魔法の行使は勝手が違う。それをこの短期間で学習し、習熟し、戦闘で使えている。これがまず凄い」

 開幕べた褒め。この時点でソロは照れている。ちょろい。

「正直、此処までやれるとは思っていなかった。この才能、もっとしっかり磨くべきであったと。もっと早くに某がソロのセンスに気づいておれば……」

 ソロとしてはいつまで経っても大したこと出来ないなぁ、と思っていたのだが、どうやら裏技抜きにしてもソロの成長はそこそこ凄かったらしい。

「磨けば光る。ならば、磨かねばもったいない! 某は魔法の専門家ではなく、経験則でしか教えられぬ。それではいかん、と最近思っておったのだ」

「褒め過ぎじゃない?」

「褒めるのに過ぎることなんてないぞ」

「ほら、もう調子に乗ってる」

 ソアレの茶々入れもあったがさておき――

「幸い、何故か魔王軍の侵攻も小康状態と聞く。この機を逃すべからず、急がば回れ。其処でソロには魔法都市マギ・セルモスへ向かってもらい、ある人物に師事してきてほしい。その人物の名は――」

 仰々しく語られたその名は、

「大魔法使い、スティラ・アルティナ。幼少の頃、ルーナ様も彼女に師事し、その在り余る才能を磨かれたのだ」

「おおっ」

 スティラ・アルティナ。あのルーナも師事したと言われては少し興味も出てくる。そりゃあ彼女とはものが違うのは理解しているが、少しでも近づけるためにもその師匠を頼るのはソロとしても悪くない提案である。

「某らは北の戦場の様子見しつつ、一旦各地のオークを対処しようと思う。ソロはスティラ様に鍛えていただき、某らは実戦で鍛える、二正面作戦である!」

「な、なるほどぉ」

「まあちょっと、その、色々と難のある御方ではあるが」

「え、なんか言った? 声小さくて聞こえなかったんだけど」

「ふっはっは、聞き違いであろう」

「ほんとにぃ?」

 シュッツは脂汗を滲ませ、ソアレはにやにやとしていた。正直、怪しいところはあった。今更だけど、手遅れだけど――


 と言うわけでソロは魔王軍の侵攻、その小康状態を逆手に修行のため魔法都市を訪れていた。魔法都市と言うからにはもっとアカデミックな雰囲気を期待していたのだが、どちらかと言えば観光地のテーマパークみたいな雰囲気である。

 実際、都市の収入源は観光客からのものが大半であり、このやけくそじみたハッピーな空間は彼らの努力のたまものであった。

 そして、

「あの、大魔法使いスティラ・アルティナって知ってますか?」

「もちろん知ってるよ。あと超魔法使いだよ」

「超? え、と居場所とかご存じだったりします?」

「もちろん。あそこ」

「……あの塔っすか? 一番目立つ」

「そだよ」

「そっかー。あざます」

 伝説の大魔法使い、その居場所もすぐ判明した。と言うか、たぶんこの都市で知らない者はいないであろう、とっても目立つ建物であった。

 都市の中心部に、ひときわ大きく聳える塔。

 此処が、

「伝説の超魔法使い、スティラ・アルティナの弟子になろう! 君も今日から魔法使いだ! 入塾テストやってま~す!」

 伝説の大魔法使い、か超魔法使いかよくわからないけれど、スティラ・アルティナの住処であることは間違いなさそうである。

 何せ本人っぽい人がそう言っているのだ。

「頭になんかそれっぽい帽子被ってるぞ」

『魔女っぽいな』

「手に箒も持ってる。たまに掃いてる」

『魔女っぽいな』

「あと、まん丸な感じ、スティラおばさんって感じだ」

『それはグレーゾーンだぞ』

 入塾テストと言う響きは俗っぽいが、それでもシュッツが推した人物である。これがソアレとかだと回れ右したくなるところだが――

「あ、あの~」

 ソロは緊張しながら恰幅の良いおばさん、おそらくは超魔法使いスティラ・アルティナに声をかける。

「入塾希望者ですか?」

 優しそうな笑顔、声色、これぞスティラおばさんって感じ。

 ソロの緊張は少し解ける。なんだ、全然人のよさそうな人じゃん、と。

「あ、はい。その、実は紹介でして――」

「入塾テスト料金、5000オロです」

「……へ?」

「テスト料金、5000オロですぅ」

「……」

『……』

 一瞬の静寂の後、

「『金とんのかよ!』」

 ソロとトロの叫びが重なる。

「もちろんです」

 有無を言わせぬ気迫、絶対に金はもぎ取ってやろうという執念。それでいて入塾テストなので、教えてもらえるとは限らない罠。

 何よりもテスト料金の設定が絶妙で腹が立つ。

 これなら一度試してみようかな、となりそうな感じがするところが逆に銭ゲバ感を高めている。人のよさそうな顔が急に怖く見えてきた。

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