第34話:なんやかんやでいい感じ
女神クレエ・ファムの降臨。
それは女神教の聖地であり、中心地でもあるこの聖都クレエ・フィデースにとって一大事件であった。ソロから皆と同じようによみがえったマイカ司教へ伝えられた『事実』、それが女神の奇跡により復活した聖都の民にも伝わる。
誰も目撃していない。
されど、目の前の役割を終えてなお雄々しく、美しくそびえる大樹の存在と、何よりも復活した自分たち、その事実が奇跡の存在を証明していた。
三百年ぶりの降臨、当然聖都は大騒ぎ、お祭り騒ぎとなる。
そして――
「勇者ソアレ・アズゥ、前へ」
「はっ」
聖庁本部、マイカ司教が司会進行役を務め、滅多に人の前に姿を見せぬ教皇自らが聖都を救った勇者へ、感謝と祝福を与えるべく登壇していた。
そんな儀式が執り行われている中、
「「ぷはぁ」」
全部をお姫様に押し付けたソロと儀式参加がダルイという理由でふけた不良シスターヴァイスが煙草をふかしていた。
「「うめえ」」
至福のひと時である。
ちなみにソロは全力で全部をソアレに押し付けた。ソアレが大樹のコアを打ち倒し、見事気高い殉死を遂げた際、感動した女神と天使の何か凄い奴(アラム)が降臨し、敵の魔物をメタクソに打ち倒して、ソアレの奮闘に感激した女神が聖都を奇跡にて復活させた、という作り話をソロはクソ真面目に語った。
本当かどうか、ソアレとシュッツに関しては最後の最後まで疑っていたが、真実を知る者はソロ一人、ソロがそうだと言い張るのだから仕方がない。
結果、現在勇者としてソアレが教皇よりありがたい祝福を受ける矢面に立たされた、と言うわけ。
「なあ、死ぬ時ってどんな気分だった?」
「クソだな」
「……それだけ?」
「おう」
「お前さんに聞いた俺が馬鹿だったよ」
とりとめのない話をしながら紫煙を燻らせる。
「女神ってどんなツラだった?」
「美人だったよ」
「見惚れる感じか?」
「いや、整い過ぎて近寄りがたいって感じかなぁ。眼とか虹色だし」
「虹色はやべえな」
「ああ、やべえ」
語彙力の欠如した底辺トークが続く。
「性格は?」
「クソ」
「……」
「でも、神様だったよ。つか、たぶん神様ってのはそういうもんなんだろーな。信仰する気はないけど、納得は出来た。そんな感じ」
「よくわかんねえ」
「安心しろ、俺もよくわかってねえ」
超越しているけれど何処か身近で、だけど近寄って見てみると全然違って、温かいようで冷たくて、浅いようで深い。
結局ソロは最後の最後まで女神の本音を知ることはなかった。
たぶん、何度会ってもそうなる。
「でも、救ってくれたんだろ?」
「……まあ、そうなんだけど、な」
ソロは言葉を濁す。人や魔、天、本人曰く全てを平等に愛す創造神。その言葉に嘘はないのだろう。だが、今回の女神は明確に人間へ肩入れした。
ソロへ選択させると言うクソみたいな遊び心は仕込んできたが、どちらを選ぶにせよ人間への肩入れなのは間違いなかっただろう。
だが、前述の通り女神は平等である。
其処に嘘はなかった。
ならば――
(人間に肩入れしないといけない理由があった。それもたぶん、女神側の過失で……そしてその理由は、人間側じゃなくて……魔物の方にある)
別に理由がある。アラムもそう言っていたし、あの時の会話にもそれっぽい話はあった。肝心の『理由』はぼかされたままであったが。
女神の過失、平等を覆さねばならぬ理由。おそらく単純なパワーバランスの崩壊、だけが理由ではない。何故ならソロがもう一つの選択肢を取った場合、むしろバランスは人間に傾き過ぎる。それは平等ではないだろう。
だから、別に『理由』がある。
それをソロに取り除かせようとした、のかもしれない。
「どした? らしくない顔してるぞ」
「ん? ふっ、まあ、あれよ。俺もひと皮むけたのさ」
「キショ、包茎かよ」
「お、男は大体包茎だぞ! 変なことじゃないもん!」
「……キモ」
「ぐぬぬ」
シリアスな空気は消えた。ソロとしても、どうせ今考えたところで真実は何処にもないのは理解している。匂わせたのはソロにこれきりであることを念押すため。ぼかしたのは辿り着かせぬため、なら、多分今はどれだけ考えても無理。
少なくともソロの持つ情報では足りない。
「あ、煙草切れた。くれ」
「お前は貰い煙草ばっかだなぁおい! つか、まず返せよ」
「返しただろ?」
「吸いさしは返したことにならねーんだわ!」
「細かい野郎だな。モテねえぞ」
「大きなお世話だ!」
あの時は絶望していた。実際、ヴァイスは死んでいた。シュッツも、アラムの言葉を信じるのならソアレも死んでいた。女神の奇跡で全てが覆り、今こうして前と同じように、馬鹿面して言い合いながら煙草を吸うことが出来る。
其処に関しては素直に感謝している。
「……今回だけだぞ」
「おう」
「……ちっ」
ただ、大きな掌の上で転がっている感じは気に食わない。魔王の意のまま、女神の思うがまま、翻弄されるだけと言うのも癪に障る。
それを覆したいのなら、抵抗するだけの力が要るのだろう。
今度は奇跡に、裏技に頼ることなく――
○
夜も更け、
「よぉ、勇者様」
「全部押し付けて……何してたの?」
聖庁本部の一角、景色を眺めることが出来るバルコニーにてソロとソアレが二人きりで遭遇する。
「煙草吸って、みんな一緒に残っていた密造酒で酒盛りしてた」
「……ここ聖都よね」
「坊さんも沢山いたぜ」
「終わってる」
いくら女神が降臨し、奇跡によって生還したとはいえ、教義をぶん投げて酒盛りをするなど言語道断だ、とソアレは憤慨する。
その辺の堅苦しさは相変わらずの模様。
人は一回死んだぐらいでは変わらないらしい。
「で、お目当ての巡なんちゃらってのは手に入ったのか?」
「教皇猊下から直接祝福を受けた証明書が全部包括するわよ。これからの予定はともかく、何処へ行くにしても円滑になるでしょうね」
「そりゃあ結構」
夜景を眺めてしっぽり、するような間柄ではない。
それでも二人は今、とりあえず横並びになって景色を見つめていた。喜び疲れ、灯りを消して眠る人々、生きている者たちの息吹を感じながら――
「悪かったわね」
「何が?」
「ボス、そっちにいたでしょ?」
「んー、まあ愉快なやつだったよ。結局天使が全部やっつけてくれたけど。俺はただこそこそと逃げていただけ。おかげさまで楽勝だったね」
「その割には服とかボロボロに見えたけど?」
「馬鹿。元々ぼろかったんだよ。底辺の生地の耐久舐めんなよ」
「はいはい」
ソアレはため息をつき、
「一緒に戦った仲なんだから、私にくらい本当のこと言いなさいよ」
ムスッとした表情をソロへ向ける。どうやらこのお姫様の中では、ソロの嘘は信じてもらえていないらしい。
それじゃ困るんだけどなぁ、とソロは困ったので、
「嘘つきは泥棒の始まりって言うだろ? んま、そーいうことだ」
煙に巻く作戦に切り替えた。
「……自分で言うことじゃないでしょ、それ」
「けけけ、俺は盗人であることに誇りを持っているからな。自分で言うのさ」
「ったく」
ソアレは苦笑して、
「あなたって本当に……嘘つきね」
そう言った。
「おう、自慢じゃないけどな」
ソロは胸を張る。ソアレは本来失っていた方の腕でソロをド突いた。
「暴力反対!」
「なら、正直者になりなさい」
「嫌だね! 俺にもプライドがあるんだ!」
「今すぐ捨てなさいな、そんな薄汚れたプライドなんて」
ゲラゲラ笑いながら、子どもみたいな絡みに終始する二人。あの時の、たった二人しか残っていない絶望を共有できる唯一の存在なのだ。
お互いにとって。
その点はまあ、特別な関係と言って差し支えないだろう。
「嘘つきは嫌いよ!」
「別に嫌われてもいいよ~ん」
「んなぁ!」
何か発展することがあるかどうかはさておき――
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