第17話

この廊下を歩くのは、いつ以来だろう。

きっとあまり時間はたっていないのだろうけれど、私の中じゃとてもながい時間が経過したような気がする。

この景色も、この香りも、何度も何度も経験してきたもの。

だけれど、そのどれもがすでに懐かしく感じられた。


「こちらでございます。では、私はここでお待ちしておりますので」

「どうもありがとう」


言われなくとも、ここがジーク様のお部屋だというのは分かっている。

かつて私は、ここで彼との愛を誓ったのだから。


コンコンコン

「失礼します」

「どうぞ~」


彼からの返事を確認した後、私は扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れる。

…匂いや雰囲気は、やっぱり私が覚えている時と変わらない。

部屋の中に置かれている物もその場所も、私が覚えているものと全く同じ。

ただひとつ違っているのは、私を見つめる彼の視線がこれまでのそれとはまったく違っているという事。


「よく来てくれたね、クレア様!さぁさぁ、こちらの席にどうぞ!まずはいっしょにクッキーでも食べましょう!」


彼が示した机の上には、それはそれはおいしそうなお菓子がお皿の上に盛り付けられている。

その隣にはフルーツもそろえられていて、きれいな雰囲気を醸し出している。


「ありがとうございます、ジーク様」


私は彼に促されるままに椅子へと腰掛け、彼に向かい合う。


「そ、それじゃあ改めて…。今日はこうして僕の誘いを受けてくださったこと、本当にうれしく思っています!ここで伯爵として仕事をしている、ジークでございます!」

「私の方こそ、こうしてお呼びいただきましたこと、大変うれしく思っております。クレアでございます」


机を挟んで向かい合う私たちが互いに挨拶を終えたタイミングで、彼は一枚の紙を私の前に差し出してきた。


「…クレア様、早速なのですがこの女性を見たことはないでしょうか…?」

「…」


うすうす、そんな気はしていた。

彼は私のころを処刑した後になっても、私の事を利用しようとしているのではないかと。


「…実はこの女性は、たったひとりの僕の最愛の婚約者なのです…。僕は彼女の事を心の底から愛していたのですが、彼女は僕の気持ちを裏切って突然に僕の前から姿を消してしまいました…」

「…」

「それに、消えたのは彼女だけではないのです…。彼女に買い与えていた宝石やアクセサリーもまた、同時に消えていたのです…。これはもう、持ち逃げをされたとしか考えられない…」

「…」

「僕は最愛の婚約者に裏切られてしまったのです…。その悲しみを忘れることができず、沈んだ毎日を送っていたその時、目の前にあなたが現れたのです…!」

「…」

「…傷ついた僕の心を癒してくれるのは、この世界にあなたしかいないのです…!!だ、だからクレア様…!!ぼ、僕と…!!」

「ジーク様?私たちはほとんど初対面なのですよ?まずはお互いの事を知ることから始めましょう?」

「あ、えぇ…。そ、それもそうですね…!僕とした事が、つい先走ってしまって…。いやぁお恥ずかしい…」


…彼が私の事を好いているのは、どうやら本当な様子。

こんな焦る彼の姿は、これまで一度だって見たことがなかったもの。

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