和風ファンタジーに聖剣(刀)で切り込みを入れる!

海鈴

第1話

 「ふぅ、もうすっかり寒いな。」


 十月の風は、いつも思ったより冷たい。

 講義を終えた帰り道、大学の正門を抜けると、空の端が鈍色に染まり始めていた。陽が沈むのが早い季節だ。吐く息が白く溶け、街灯がひとつ、またひとつと灯っていく。


 駅へ向かう学生の群れとは逆に、俺は別の道を歩いた。

目的地は、いつもの店。

古びた住宅街の角にひっそりとあるリサイクルショップ〈トキワ堂〉。


 ドアベルがちりん、と鳴る。

 独特の古い金属の匂いと、油のような香りが鼻をくすぐる。


「おう、今日は早ぇな、拓真」


 カウンター奥から、店主のおやじさんが顔を出した。白髪混じりの髪を後ろでひとつにまとめた、無骨な男だ。

 この人の声を聞くと、なぜか落ち着く。高校の頃から通っていた場所のような安心感がある。


「授業が3限までだったんで。今日は何か新しいの入ってます?」


「お前が好きそうなのが、一本な。ガラクタにしちゃ上等な見た目だ」


 そう言って、おやじさんは奥の棚を指さした。

 そこに、黒い鞘に収まった一本の模造刀が立てかけられていた。


 俺は武器なら何でも好きだ。剣道用の竹刀、木刀。おもちゃの剣やモデルガンなんかも集めてきている。そんな俺が一番心奪われるのはやはり金属でできた模造刀剣。もちろん刃のついていないものだが、それでも十分だった。

 しかしそんな代物、そうそう出回るわけもなく、値段も高い。

 コレクターを自称する俺でも、手に入れた本格的な一本は、数えるほどしかない。


「……これ、模造刀にしては重そうですね」


「だろ? 丁度先週お前さんが帰った後に気の強そうな兄ちゃんが売りに来てな。刀身はきれいなもんだが鞘や柄なんかが結構ボロボロでな、安く仕入れできたんだ。」


 おやじさんの声を聞き流しながら、俺は傷のついた鞘に手を伸ばした。

 その瞬間、指先に微弱な何かが触れた気がした。静電気とも違う、まるで血液、ドクンドクンと拍動するような何か。


 ぞくりと、背筋が震えた。

 冷たいはずの金属が、かすかに温かい。まるで俺の体温を吸い取っているように感じる。


 鞘を握ったまま、俺は喉を鳴らす。

 なぜか、離せなかった。まるで鞘のほうが俺の手を離そうとしないような感覚。

 意識の奥で、「これは見つけた」という確信があった。


「……これ、いくらですか?」


「お前ならそういうと思ったぜ。八千円でいい。どうせ置いといても埃かぶるだけだし、こんなボロを買うもの好きがお前以外にいるとも思えんからな。」


「買います!」


 言葉が先に出ていた。理屈じゃない。目を逸らしたら、もう二度とこの剣に会えない気がした。


 支払いを済ませ、新聞紙で包まれた刀を手に店を出る。

 先日は入ったばかりのバイト代がすでに半分ほどになってしまっているが、もはやそんなことは問題ではなかった。

 重みが心地いい。右手に握るたびに、何かが脈打つように感じる。


 * * *


 アパートのドアを閉め、灯りをつける。

 薄暗い六畳間に、蛍光灯の白が滲む。


 机の上に刀を置き、包みを解く。

 黒い鞘の質感が、改めて不気味なほど滑らかだ。

何か削れたような傷こそついているものの、その雰囲気や存在感は損なっていない。


「……なんだろう、これ」


 独り言のように呟き、柄に手をかける。

 その瞬間——空気が、震えた。


 蛍光灯の光が明滅する。

 部屋全体が低く唸るように振動し、静電気のざらついた音が空気を満たした。

 そして——


《……魔力反応、検知。閾値を超過。適合の適合を確認。》


 頭の奥で、声がした。

 冷たく、正確で、まるで計算式を読み上げるような声音。

 だがその響きは、確かに生きていた。


「……だ、誰だ?」


《識別を要求。あなたの情報を送信してください。》


 思わず刀を離しそうになる。けれど、指が動かない。

 剣が、俺の手を離させない。


「……高原、拓真。大学生、ただの人間だ。お前は……?」


《情報受信。解析完了。適合率:九十六・八パーセント。》


 短い沈黙ののち、声はわずかに柔らいだ。


《私は“聖剣アーク”。かつて担い手とともにあり、魔王を打倒した最終決戦機構。精霊核を持ち、思考機構を有するもの。あなたの魔力により再起動しました。》


 思考が止まる。

 理解が追いつかない。だが、嘘ではないと直感が告げた。

 この声は、確かに俺の“中”に響いている。


「俺の、魔力? そんなのあるわけ——」


《本来ならば検知不能レベル。あなたの魔力は強大であるがゆえにそのタンクも今日異なっています。そのため外部へ漏出していません。しかし、内部圧力は規格外。》


 淡々と告げる声。

 その冷徹さの裏に、かすかな興奮の波が混じっている気がした。


《あなたの存在により、私は再起動できた。感謝します。》


 まるで儀礼のような口調。

 それなのに、どこか神聖な響きを感じた。


「再起動……って、まさか、お前……」


《私の機能の一部は停止中。だが、転移記録によれば、私は“異界との干渉”によってこの地へ流入しました。魔力の希薄な世界——それがこの地球。》


まるで情報の本流。いまだ大学生の自分にはその全貌は計り知れない。しかし、目の前にある刀は別の世界からやってきたものであるということだけは理解できた。


《あなたの名を、再度確認。高原拓真。》


「ああ、そうだ。」


《契約完了。これよりあなたを聖剣の担い手と認定。》


 光が、鞘の隙間から零れ出した。

 部屋の中で、風が巻く。紙が舞い、光の粒が立ち上る。

 鞘の傷もいつの間にか消えて、美しい姿で輝いている。


 俺はただ、剣を握りしめた。

 理解も、言葉も追いつかないままに。


《——始動完了。高原拓真、あなたに適応プログラムを展開します。》


 まるで祈りのように、機械のように。

 その声が最後に囁いた瞬間、光はすっと消えた。


 静寂だけが残る。

 机の上には、ただの模造刀。

 だが俺には分かる。もうこれは、ただのではない。


 俺の中の何かが、確かに呼応している。


 そしてそのとき、心の奥底で、聖剣の声がかすかに微笑んだように思えた。


《これからよろしくお願いします。マスター》

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