第74話 途中下車

 シニティーからエルランドに帰ってきて数日後。私たちは海魚の有名な街、ミルドに向けて出発をしていた。


 ミルドに行くためには大きな川や山を越える必要がある。


 本来なら、面倒だと思うかもしれない道なのだが、フェンリルとして育てられた私にとっては。むしろ自然を感じられる今回の旅路はリフレッシュすることができて楽しみだった。


「エルドさん、まだですかね?」


「もう少しだとは思うけど……随分と楽しそうだな」


「はい! 本当なら今すぐ馬車から下りてシキと一緒に走りたいくらいです」


「やめなさいって。まぁ、あと少しの辛抱だからな」


 私が馬車の中で体を揺らしながらそんなことを言うと、エルドさんは失笑気味にそんな言葉を口にしていた。


 そんな言葉を口にしているエルドさんも、少しだけ楽しみな表情をしているようだった。


 いつもの私なら、馬車で長時間揺らされるだけの時間はむずむずする気がして、体を動かしたくなる。


 今だって、朝にエルランドを出て夕方まで馬車に揺らされて、ただじっとしているのはあまり良い気がしない。


 それでも、心が沈まないでいられるのは、もうすぐこの時間が終わろうとしているからだ。


 まだかまだかと待っていると、その馬車はゆっくりと停止した。


 それから、御者のおじさんが馬車から下りる音と、後ろにいる私たちの元に歩いて来る足音が聞こえてきた。


 御者のおじさんは後ろにいる私たちの元に顔を覗かせると、少し申し訳なさそうなをして口を開いた。


「お兄さん、初めに言った通りここから先の山はこの馬車じゃいけないよ。ここまででいいかい?」


「ええ、大丈夫です」


「そうかい? それならいいんだけど……なんか、そっちのお嬢ちゃんは急に元気になったな」


「ええ。まぁ、山が好きな子でして」


 私が二人のやり取りを軽く聞き流して馬車から下りた姿を見て、驚くような御者さんの声と、少し歯切れが悪いエルドさんの言葉が聞こえていた。


 少しくらい山に不安な感じを出した方が良かったかもしれないけど、どうしても感情が抑えられないでいた。


 ただ山に入れるから楽しみだというだけではない。今日こうなることをきちんと見込んでいた私たちは、今日のためにアウトドア用品を買って来たのだ。


 そして、せっかくお金が入ったので、そのお金で色々と準備をしてきた。


 そう、これから私たちはキャンプをするのだ。


 人里に降りてからずっとバタバタしていたことが多かったし、その疲れを癒すためにも自然のある所で美味しい食事をすることにした。


 急ぎではないし、少しゆっくり旅をするのもいいだろう。


 異世界に来てから野宿はそれこそ何年もしてきたが、娯楽としてのキャンプは初めてということもあり、すこしだけテンションが上がっていた。


 フェンリルとして育てられていた時と違って、森に来るというのが少し特別にも感じる。


 これがキャンプの楽しみ方の一つなのかもしれない。


 異世界で作るキャンプ飯。それに期待して胸を高鳴らせるのは仕方がないことだった。


 私は隠せなくなった表情をそのままに、振り向いた先にいるエルドさんに笑みを浮かべていた。


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