第70話 香ばしいクッキー

 さて、ここからは料理の時間。


 シータさんとクッキー作りをすることになった私は、ケミス伯爵の屋敷の厨房でシータさんと並んで立っていた。


 正直、これから行うクッキー作りの工程は、以前クッキーを作ったときとそこまで大きく変わらない。


 それでも、完成品は以前の物とは大きく異なることになるだろう。


 隣に立っているシータさんは余裕気な笑みを浮かべながら、私の方を確認せずに自分の作業を始めたみたいだった。


 どうやら、以前以上にちゃんとクッキーの材料を秤量しているようだ。


 これだけでも、多少は成長が感じ取れるというもの。


 それなら、私も作業を開始することにしよう。


 まず初めに、バターをボウルに入れた後、それをヘラで練っていく。そこに砂糖を入れてよく混ぜる。


 そして、以前と違うポイントの一つ目として、ここでクックバードの卵を投入する。


卵がなくてもクッキーを作ることはできる。でも、ここで卵を加えることで、卵の風味やコクが追加されるのだ。


程よい歯応えと卵の甘みを感じることができるので、私は卵ありのクッキーの方が好きだったりする。


そして、卵を泡立てないように混ぜながら、小薄力粉のような粉を加える。


 さらに、以前と違うポイントがここでもう一つ。


 香ばしさを追い求めていたシータさんのために、用意した材料がこちら。


 紅茶の茶葉である。


 厨房にあったいくつかの茶葉の中から、【全知鑑定】を使って極力アールグレイに近い味と香りの物を選んだのだ。


 紅茶の茶葉を入れることで香りは上品になるし、出来立ての紅茶クッキーは結構香ばしさを感じることができたりもする。


 そんなわけで、以前私がシータさんのために厨房に残したのは卵と紅茶の茶葉だった。


この二つを入れるだけで、どちらも入っていなかったころと比べると大きく味が変わる。


 横目で確認していたが、シータさんもちゃんと卵と紅茶の茶葉を入れたみたいだ。


 焦がすことで香ばしさを表現しようとしていたシータさんが、紅茶の茶葉で香ばしさを表現しようとしているのだ。


 これは大きな成長と言っても過言ではないだろう。


さて、後は以前と同じようにダマにならないようによく混ぜた後、それを棒状に整える。


その後、冷やした状態で30~1時間ほど放置して、固まってきたらそれを一口サイズに切り分ける。


最後に、予熱済みのかまどにそれを入れて、良い感じに焼けてきたら完成である。


私と同じタイミングでかまどにクッキーを入れたシータさんは、私と同じタイミングでクッキーを取り出したようで、以前のように焦がすことにこだわりを持つようなことはなくなっていた。


取り出した二人のクッキーからは、紅茶の茶葉による香ばしい香りが漂ってきていて、どこか品のあるクッキーになっていた。


「完成よ! さぁ、これをお父様の所に持って行って、どっちが美味しいって褒めてもらえるか勝負よ!」


 何度もクッキーを作ってきたのか、シータさんのクッキーの見た目からは、特に変な点は見つからなかった。


まったく同じ材料で同じ工程で作ったクッキー。見た目のしっとり感を茶葉の量もあまり変わらない。


 それだというのに、私の中ではすでに勝敗は見えていた。


 そんなことに気づくはずがないシータさんは、どこか緊張しているようだった。


 そんな表情を前に小さく笑みを零した私は、シータさんと共にケミス伯爵の元に向かったのだった。


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